short・水栄
□Sweet lovers1
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「栄口のキスって甘いよね」
「ぐっ、」
「だ、大丈夫!?」
ほら、飲んでってペットボトルを渡されて「ごめん」なんて何で俺が謝ってんだろ、おかしくない?
弁当食べてるときにンなこと言うなんて、どう考えても水谷が悪い。
いくらここが肌寒いくらいの曇天の日の屋上で、俺たちしかいないとしても突然過ぎる。
大好きな海老フライ、思わず噛まず飲み込んじゃったじゃないか。
「な、なに言い出すんだよ、急に」
「ん〜、朝からずっと考えてたんだ。栄口とのキスって、なんであんなに甘いのかなぁって」
……そんなこと朝からずっと考えないでほしい。
「ねぇ、なんでだろうね?」
真面目な顔で聞かれて
「さぁ…?」
答えずにいたら
「えぇ〜、何でだろ。ねぇ、なんであんなに甘いのかなぁ?」
しつこく何回も聞いてくる。
なんでなんでって、お前は3歳児か。俺は仕方なく明後日の方を見ながら答える。
「あー、水谷、俺が甘いもん食べてるときによく、その……キス、してくる、から……じゃない?」
すごく恥ずかしいんだけど思い返してみれば、今みたいに人気のないところで弁当食べた後、デザートがわりのお菓子(チョコだったり、キャラメルだったり)を口にした途端、「味見させて」ってキスされたり、部活動帰りにコンビニのシュークリーム買い食いしながら歩いてたら「クリームついてる」って、唇をペロリと舐めた舌がそのまま口の中に入り込んできたりして、、、。
なんか、物理的に甘さを感じずにはいられないシチュエーションが多いような。
やばい、頬が熱い。
俺は赤くなってるであろう顔を水谷から隠すために、ペットボトルのお茶をゴクゴク飲んだ。
「そっかぁ、甘い物食べてるときの栄口って、幸せそうに笑ってて、すっごく可愛いからキスしたくなるよねぇ」
「ぷはっ。う、けほっ」
「だ、大丈夫!?」
お前、ほんとに何言ってるの?俺を殺す気か。
盛大にむせた俺の背中を擦ってくれる手は優しくて背中がじんわりと温かくなるけど。
「も、俺、水谷の前で甘いもん食べない!」
「えぇ〜っ、なんでぇ?俺と栄口のおやつタイムがぁ」
「知らない。これからは激辛スナック食べて、ブラックコーヒー飲むから。……キスしてきたって、甘くないからな!」
そう宣言すると水谷は「栄口、辛いの苦手でしょ。こないだチリ味のポテトチップス食べたときだって、涙目になってたし、ミルク入れたコーヒーだって、砂糖なしじゃ飲めないじゃん」 などど訳知り顔で言い、肩を竦めて見せるのだ。
「あ、でも……涙目でがんばって辛いもん食べてる栄口も可愛いくて、キスしたくなるかも。こないだも、部室でチリ味のポテチ食べてるとき舌がピリピリする〜って、ベロ出してくるしさぁ。あんなの他の奴らがいるとこでしたらダメだよ」
前半はふにゃふにゃと笑って、後半は拗ねた顔して唇を尖らせて言われて、俺はどう反応したらいいの。
「あれ、玉子焼き残ってるよ。食べないの?」
「あぁ、うん。もう、食べる気なくなった」
……キスの話でもうお腹いっぱいだよ。
「ふぅん。それ、栄口が焼いたやつ?」
「うん。玉子焼きとウィンナは俺が焼いた」
「もらっていい?」
どうぞ、と弁当箱を差し出すと、水谷は玉子焼きをつまんで食べて……
「んぅ!?」
俺にキスしてきた。
合わせた唇から舌を使って玉子焼きが俺の口の中に押し込まれる。
頭の後ろを押さえられて、逃げることができない。
俺は仕方なく舌で玉子焼きを受けとる。
(なにを口移ししてくるんだよっ)
目で訴えるも水谷は満足気に明るい色の目を細くして、ゆっくりと唇を離していった。
「半分こ」
そんな嬉しそうに言うなよ、ばか水谷。
(俺も『半分こ』好きだけど。玉子焼を口移しで半分こってさぁ)
「栄口のキスも玉子焼きも甘くて大好き」
とろけるような笑顔で言われたら、怒ることができない。
俺は二人の唾液にまみれた玉子焼きをモグモグと咀嚼して飲み込んだ。
(砂糖……入れ過ぎたかなぁ)
舌に残る甘さをどうしようか。
「みずたに」
今度は俺から唇を重ねる。お前が甘いのがいいと言うのなら、存分に味わうといい。
どちらからともなく絡まる舌が甘さを与え合い、奪い合う。
「栄口……」
ぎゅっと抱き締められて、抱き締め返して。唇の端から溢れ落ちた唾液を水谷の舌が追うのに任せる。
なにもかも甘くて目眩がしそう。
水谷が濡れた声で呟いた。
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