short・水栄


□Sweet lovers0
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放課後の練習の休憩中、皆から離れてスポーツドリンクを飲んでいると水谷が声をかけてきた。


「どしたの、栄口。疲れた?」

「いや。まぁ…いつもどおりだよ」

「そう?なんか元気ないよ」


だとしたら、それは練習のせいではなくて……。

答えられずにいたら「俺にもちょうだい」って、水谷が俺の持ってるペットボトルを指差した。

「いいよ」って渡したら嬉しそうに笑って、喉を反らしてごくごくって飲んだ。

間接キスだ……って、別にペットボトルの回し飲みくらいたいしたことないはずドキドキしてる。

――俺にとっ水谷は特別ってことなんだろうな。


「水谷、好きな子いるんだって?」


勇気を出して聞いてみる。
心臓がドクドク鳴っているのが聞こえませんように。


「何それ、誰がそんなこと言ってるの?」


返ってきたのは聞いたことのないような固い声。


「え……、あの」


いつものふにゃ〜とした雰囲気が消えた水谷を近寄り難く感じる。


「水谷に告白した子が『好きな人がいるから』って断られたって……」

「そんなこと言いふらすような口の軽い子、好きな子がいなくったってお断りだね」


形のいい眉がひそめられて、嫌悪の表情が浮かぶ。

もし俺が、友達としてではなく好きだと告げたら。男同士で気持ち悪いってこんな顔をされるんだろうか。

そう思ったら指先がスーっと冷えた。

絶対言えない。好きだなんて。

このまま、友達でいいから側にいたい。


「栄口?」


黙りこんでうつ向いた俺を覗き込んでくる気配。

嫌だ、今は顔を見られたくない。

足下に視線を落としたまま口を開く。口調は自然と早く言い訳がましくなった。


「その、水谷に告白した子が言いふらしてるとかじゃないんだ。
あの子の友達が俺と同じクラスで、俺と水谷が野球部で仲いいの知ってるから、昼休みに水谷の好きな子のこと何か知ってる?って聞かれて、」

「…………」


今度は水谷が黙ってしまった。

どうしよう、俺。

泣きたくなってきた。


「俺は…水谷に好きな子がいるってこと知らなかったから、何も答えられなかったけど……。
あ、例え知ってても勝手に話したりはしないよ。
ただ…あの子は水谷のことがすごく好きで……。
本当に水谷に好きな子がいるなら諦めるけど、振るときの常套句だったんなら諦められないって、泣いてて……」


地面がぼんやり揺らいで見えるのはなんでだろう。

水谷に告白したというその子は可愛かった。ショートボブの黒髪が艶々して、大きな目を潤ませて「水谷君の好きな子って誰か知ってる?私、敵わないのかなぁ」って声を詰まらせていた。

敵うとか敵わないとか、俺には遠い言葉だ。好きになることさえ、許されないというのに。

「あの子はただ、水谷の好きな子のことを確かめたかっただけなんだ。誤解させる言い方した俺が悪い。ごめん」

「栄口は何も悪くないよ」


ぽんぽんって慰めるみたく軽く頭を叩かれる。俺はまばたきで涙を払って顔を上げる。

目が合うと栗色の目を細めて笑ってくれた。

俺の好きな、ほわんとした力の抜ける笑いかた。


「それで昼休み、教室にいなかったんだ。ごめんね?俺のことで呼び出されて泣かれたんじゃ困ったでしょ」


俺に気づかってくれる、いつもの優しい水谷にほっとする。


「ううん。ちょっと驚いただけ」


どうにか笑って答える。

ホントはすごくびっくりした。

あんな可愛い子を振っちゃうくらい好きな子がいるの?

それとも、ただの常套句なの?

聞きたいけど、聞くのが怖い。

水谷に好きな子がいてもいなくても、俺は好きな気持ちを隠してずっと友達でいるしかできないのに。


「俺に好きな子がいたとして、俺とその子がうまくいったら、栄口はどうする?」

「え……」


うまくいったらって、その好きな子と付き合いだしたらってこと?

どうするって……どうにもならないよ、そんなこと。

どうしてそんなこと聞くんだよ。


「俺、は……水谷に彼女ができても……俺と一緒にいて…笑ってて欲しい」

「うん」

「一緒に笑って……バカな話をして、昼休みに屋上で弁当食べて。部活帰りにコンビニに寄ったり、レンタルショップに寄ったり、……休みの日に遊びに出掛けたり、……今までどおり、一緒に……ずっと」



そんなの無理だ。

俺と居た時間は彼女のために使われるようになるのに。


「ごめん。水谷に彼女できても邪魔はしない。……うまくいくように応援するから。――そろそろ休憩終わりだね」


鼻の奥がツンとする。俺の声は震えていなかったか?

帽子を深くかぶり直して、みんなのところに戻ろうとしたら、腕を掴んで引き留められた。


「水谷?」

「俺は……今までどおりにプラスして、栄口と一緒に手を繋いで帰ってみたい。栄口をぎゅっておもいきり抱き締めて、キスしたい……」

「そ、どういう……」

「栄口もそれでいい?」


あまりにも自然に聞かれて答えられずに呆然と水谷を見つめる。


「俺の好きなのは栄口だよ。うまくいったらそういうことしてもいい?うまくいくように応援、してくれる?」

「あ、……」


ようやく事態を飲み込めて口を開こうとしたら「休憩終わり―」って花井の声。


「ああっ、もう。花井の奴、休憩延長してって頼んだのに〜」

「え、どういうこと?」

問えば水谷が困ったように笑う。

「無理に笑ってる栄口をちゃんと笑わせたいからって、休憩伸ばしてくれるように頼んだんだ」

「……俺、笑えてなかった?」

「笑えないときは無理に笑わなくていいよ。でも、俺を応援してくれるなら笑って、心から」

「水谷〜、栄口〜、練習始めっぞ」


花井の声に「今いく―」って答えておきながら急ぐそぶりもなく、人には空気読めって言うくせに、あいつ気が利かない、なんて文句言ってる水谷の練習着をぎゅっと掴んだ。


「俺も、水谷が好き。一緒に手を繋いで帰りたい、よ」


「帰りが楽しみだね」って言われて熱い頬のままみんなのところに戻ると「栄口、いい笑顔になってんな!水谷やったじゃん!」
って、田島に大声で言われてどんな顔したらいいのか分からなくなった。



……………

余裕のあるちょっと大人な水谷くんでした。

花井くんは休憩五分延長しようとしたんだけど、田島くんにせっつかれて3分の延長となりました。


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