long・水栄
□仮初めの恋人 2
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side:水谷
……
昨日は家に誰もいない日で、次の日は朝練もなかったから、俺は前から栄口を泊まりに誘っていた。
シャワーを浴びて簡単な夕食を食べた後、リビングで二人の好きなバンドのライブDVDを観て、楽しく過ごすはずだった。
DVDの5曲目の前奏がながれ出したとき、栄口の口から聞かされたのは、俺には面白くない話。
「あ、この曲、阿部が好きだって言ってた」
「ふぅん」
俺の気のない相づちには気づかずに、栄口は話を続ける。
「歌詞がいいなって言ってた。確かにいいよね?」
ニコッと笑って同意を求められて、俺の心が歪んでいった。
「俺はあんまり……好きじゃない。これより……3曲目のほうが好き」
「ああ、分かる。なんか、水谷っぽい曲だよね」
栄口の思う、"俺っぽい"ってどんなの?
俺はただ、適当なこと言っただけだよーー。
DVD止めてテレビの電源を切ると栄口は不思議そうに俺を見た。
「俺の部屋、行こ」
「え、でもDVD観るんじゃ……」
「新しいライブのDVD買ったけど、栄口と一緒に観ようと思って、まだ俺観てないんだー。今晩は家に誰も居ないから大音量で再生しようよ」部室でそう言ったときの、栄口の照れたような嬉しそうな顔が甦った。
と同時に、栄口と二人で部室を出るとき後ろからかけられた言葉も思い出す。
「あんまり無茶すんなよ」
低いのによく通る阿部の声。
「大音量でなんて流さないから大丈夫だよ」
振り返って答えた栄口に、阿部はどんな顔をしたのか。俺も振り返って見てやれば良かった。
"あんまり無茶すんなよ"
それは俺に告げられた言葉だ。
"あんまり(栄口に無茶なこと)すんなよ"
空気を読めないと言われる俺に正しく理解できた阿部の言葉の真意を気遣いと気配りの見本みたいな栄口が分からないなんてね。
俺は阿部に何も答えずに、栄口の肩を抱くように部室を後にしたのだった。
「行こ、栄口、俺の部屋」
戸惑う栄口を引っ張るように俺の部屋に――ベッドに連れて行った昨日の夜。
大音量で流されたのは、阿部の好きな曲などではなく、
大音量とは言えないまでも、
いつもよりはるかに激しく切なげな、栄口の鳴き声だった。
そして迎えた情事の後のけだるい朝――。
「栄口、声……出せないの?」
俺が盛大に無茶した結果が、栄口の声を奪っていた。
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