long・水栄


□仮初めの恋人 4
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水谷と仲良くなったのは合宿に入ってから。


ぎくしゃくする阿部と三橋の間に入ってフォローする俺に「疲れない?」って、聞いてきた。


「栄口って、いっつも阿部か三橋を見てるね」

「そうかな」


そんなに見ているのかな。見ている自覚は ないけどーー。


「そうだよ。そんなに気を遣ってたら疲れちゃうよ」

「‥‥そう、かな?」


部活の後、疲れているのは体だけじゃなくて。心もなんだか重かったりする日も確かにあった。


「そうだよ。……たまには息抜きしなよ」


俺みたいにさ、って言ってイヤホンとiPodを取り出した。


音楽が好きなのかな。


合宿所に来るバスの中でも何か聴いてた。

車窓の景色を見ながら、時おり指でリズムを取っていた水谷。

日の光を受けた栗色の髪が綺麗で、触ったらきっと柔らかいんだろうな、と思った。


バスの中……シガポに呼ばれて阿部は三橋と一緒に後ろの席に座ってた。


俺の隣……空いていたんだけどな……。


合宿中も二人だけで別メニューに取り込もみたい。

当たり前だ、二人はバッテリーなんだから。

もう、俺と阿部の二人だけの野球部じゃあ、ないんだから。





「栄口、おーい?」


ぼんやりしてたら、水谷ののんびりした声がした。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「ほら、やっぱり疲れてるんだよ。バスの中でも元気なかったし。ーー乗り物弱いのかなって思ってたけど」


水谷、俺のこと見ていたの?


「あー、あの時は……ちょっとお腹痛かったかも」

「今は?大丈夫なの?合宿ってけっこう生活環境変わるし。体調悪かったりはしてない?」

「うん、全然平気」と笑うと、「良かったねー。でも、合宿中に体調崩さないようにね」って人懐っこい笑顔が返ってきた。

軽そうって思ってたけど、水谷っていい奴だな。


「栄口も一緒に聴く?」

「え、いいの?」

「うん。じゃあ、こっちね」


イヤホンとプレイヤーまるごと貸してくれるのかと思ったら、片方のイヤホンを差し出された。


「こっち、来て」


トントンと手で水谷の左隣を叩かれて、横に座った。

左のイヤホンを水谷、右のイヤホンを俺。二人で半分こ。


「音、おっき過ぎない?」

「ん、ちょうどいいよ」


片方の耳だけで聴く音楽にほんの少しの違和感。でも、慣れてしまえばなんともない。


流れてきたのは高く澄んだ女性ボーカルの切々とした歌声。



♪あなたは友達 今日から友達

もう二度と好きなんて言わないから

これ以上遠くに行かないで 

もう見るだけでもかまわない♪



泣きそ……って思ったときには、ぽろって涙がこぼれてた。

慌てて指で拭って、チラッと隣の水谷に視線を走らせた。

水谷は目を瞑って曲を聴いてた。


良かった、気づかれなくて。


失恋ソング聴いて泣くなんて恥ずかし過ぎる……のに聴けば聴くほど泣きたくなった。

まばたきしたらまた涙が溢れそうで、必死に奥歯を噛んで堪えていると、右手に温もりを感じた。

俺の右手の甲の上に自分の左手を重ねてリズムを取る水谷。

指先でトントンじゃなくて、手の平全体でぽんぽんって叩く、優しい拍子に強張っていた顎の緊張が取れていく……。


「俺さぁ、高校入ったら音楽やろうと思っていたんだよね」

「?……うん」


目を閉じたまま話し出す水谷。

左手は俺の右手の上で変わらないリズムを刻む。


ぽんぽんぽん…って。


なんか落ち着く。


俺は水谷の声に耳をすました。


「ギター買って、バンド組んで高校デビューして、女の子にモテるはずだったんだけどなぁ。180度違う、汗と泥にまみれた青春になりそうだよ」

「でも、水谷……野球しててもモテそうな顔してるけどな」


ぼそっと言うと、ぱちっと目を開けた。


「えぇ〜、そんなこと言ってくれるの栄口ぐらいだよぉ。なに、俺ってそんないい男かな!?」


「とりあえず、黙っていれば。……たぶんね、イケメンでも通りそう?」って答えた俺に「疑問形だし。それって褒めてるの、貶してるの……?」って、情けなさそうな顔をした。


「褒めてもないし、貶してもないよ。ただの感想」

「……栄口って、優しそうな顔してけっこう言うね」

「あ、ごめん」


(って、そっちこそ、褒めてるな?貶してるの?)


「謝らなくていいよぉ。俺は褒められたと思っとくから」


ふにゃって目尻を下げて笑った。


じゃあ、俺も褒められたと思っておくか。

それでもって。

なんか……水谷の笑いかたって好きかも、って思った。


見てたらふっと力が抜ける……。


「あ、ねぇ、今度の曲は元気がでるよ」


いつの間にかさっきの曲が終わって、次の曲のイントロが始まっていた。

重なったままの水谷の手が、またリズムを取りだした。

長い指を俺の手の甲で踊らせるみたいに動かしてる。


「元気ならもう出たよ」


水谷の栗色の瞳には、にっこり笑う俺が映っていた。




その日、合宿が始まってから初めて心から笑えた気がした。


俺の瞳に映る水谷の笑顔のおかげで。





水谷の優しい手に、最初からずっと救われていたのに。




どうして、俺は阿部のことしか見てなかったんだろう。


ーーどうして、見ているだけで満足できなかったんだろう。






……………………

因みに二人が聴いていたのは奥華子さんの初恋。

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