long・水栄


□仮初めの恋人 5
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「巣山の話ってなに?」


休み時間も残り数分だ。肝心の巣山の話を聞かずに教室に戻る訳にはいかない。


「前も…栄口が声を枯らしてたことがあっただろ。そのとき、着替えてる栄口見たら、‥‥痕がついてて……」


付き合いだした始めの頃かな。舞い上がって後のことなんか考えられずにキスマークどころか噛み跡つけて。加減なんて解らなくて、腰に指の跡がくっきり残ってたこともあったな。

まぁ、今もたいして変わりないか。

心の内で苦笑する俺を知ってか知らずか、巣山は指先でトンと自分の鎖骨辺りを示した。


「ギリギリ見えるか見えないかだけど、午後から体育あるし、着替えたりしたら、どうなんだろって……」


「あぁ……」


ほっそりした栄口のくっきりと浮かぶ鎖骨が俺は好きだった。鎖骨より下、胸元に真っ赤な花びらのよう痕を散らすこともあるけど、昨夜は柔らかい内股に印を刻んで泣かせてあげた。たぶん、普通に着替えたんじゃバレないと思う。



「こういうことに口出しするのもどうかと思ったけど…。前も気づいたクラス奴にからかわれてたから」


(そいつはきっと巣山が圧をかけて黙らせたんだろうなぁ)


「……体育は休むように言うよ。口きけないんじゃ危ないし、体もツラいだろうから」


今までいろいろ恥ずかしい思いをさせてしまっていたのかもしれない。栄口は何も言わないけど。

きっと君はいろんなこと、黙ってがまんしてるんだろうな。


思わず漏れたため息に巣山の眉が上がった。


「お前、栄口と何かあったのか」

「んー、何もないよ?」


いつもどおり、栄口は俺の片想いの恋人だ。

何かあってもなくても巣山に話すつもりはない。へらりと笑いながら手を横に振る。聡いこの男にはこれで通じる筈だ。


「余計なこと言って悪かったな。……栄口の声、早く戻るといいな」

先に選択教室を出る巣山の背中を見送る。



あぁ、そうだな、巣山。

みずたに、みずたにって、柔らかく俺を呼ぶ、栄口のあの声が俺は大好きなんだ。





「俺の名前を呼んで……水谷。栄口って言って。水谷が好きなのは俺なんだよね?」




泣き腫らした目で、俺にすがりついてきたーー。




栄口は他の誰の代わりでもないし、他の誰も栄口の代わりになれないよ。




俺も−−−誰の代わりでもない。 

 

分かってないのは、どっちなんだ?





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