short・ 阿栄


□Sweet heart 1
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練習が午前中だけで終わった土曜日。

俺の家に寄った栄口はゲームに一直線。この前来たときやってたゲームの続きをやりたくてしかたないらしい。

「ごめん、これだけクリアさせて」って言われてそろそろ30分。


「阿部ぇ」


パラパラと雑誌をめくってると呼ばれた。


「なに?」


視線を上げるとニッコリ笑った栄口。


「何でもない」


何だそれは。


しばらくしてまた呼ばれた。


「あーべ」

「おう」

「呼んでみただけ」


だからなんだってんだ。

次は呼ばれてもぜってぇ返事しねぇ。

えへっとか言って笑ってんなよ。


「あべぇ」

「……ンだよ」

「別に用はないんだけどね」

「……」

「怒ってんの?」

「……怒ってねぇよ」


付き合い始めのバカップルじゃないつーの。

良かった、なんて言って嬉しそうに笑うなら、コントローラー手放せって。


「あべぇ」


かまって欲しいのかお前は。

それとも俺がかまって欲しがってるように見えんのか。

そんなふうに口ん中で飴玉転がすみたいに呼ばれたら、俺の理性が溶けるだろ。


「用がないなら呼ぶなよ」

「あるよ」

「なに」

「コアラのマーチちょうだい」


テーブルの上、栄口の指の先には帰りにコンビニで買った未開封の菓子の箱。


て、お前「あーん」とかしてんじゃねぇよ。


「はやく」


分かったよ、ほれ。


それからは「あべ」って呼ばれるたびに、ヒナに餌を運ぶ親鳥みてぇに栄口の口に菓子を入れてやった。


(部の奴らが見たら何て言うだろう)


舌打ちしようもなく、俺の頬は緩んでいるに違いない。


(幸せそうな顔して食ってんじゃねーよ)


「あべぇ」

「ーーコアラは全部お前の腹ン中だ」

「あ、そう」


ようやくコントローラーが置かれた。


「クリアできたのか?」

「とっくにね。阿部、ずっとおんなじページ読んでんね」


肩を竦めると、雑誌を覗き込んできた。


「……お前が俺の名前連呼するから気が散って読めなかったんだよ」

「……ホントはさ、」


栄口の頬がうっすらと朱に染まる。

なんなんだ、その可愛い顔は。


「名前呼びしてみたくて」

「……」

「さりげなく呼べないかなって、タイミング計ってたんだけど……ダメだぁ」


テーブルに突っ伏しても、隠しきれてない耳と首が赤いぞ。


「ごめんね、俺につきあわせて。ゲームをしたかったわけじゃないんだ」


伏せたままの発せられたせいか、声に力がなかった。

俺は手を伸ばして栄口のまんまるい頭を撫でる。



一回、二回、三回。


(タイミングは逃がさないーー)



「ゆうと」


ピクンと肩が跳ねた。


「おら、お前も名前で呼べよ」

「……っ、たか、や」

「顔上げろよ」

「……赤くなってるからヤだ」

「ゆうと、顔見せて」


名前を呼んで頼むとおずおずと顔が上がった。

耳まで赤くして、潤んだ目をした恥ずかしげな栄口。

俺は小さな顎をすくいとってキスをした。

口づけは触れるだけから軽くついばむように……やがてお互いの舌を絡めて舐めあうものに変わった。


(それで俺は栄口の口に運んでいたコアラマーチがイチゴ味だったことを知った)


「んっ、たか…や」


鼻にかかった声で呼ばれて理性が完全に溶けた。


「ゆうと」


今度は俺が甘くお前を味わう番だ。



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