short・ 阿栄


□うたた寝の君
1ページ/1ページ

部誌を書き終わって振り向くと、待ちくたびれた栄口が古いソファーでうたた寝してた。

すやすやと気持ち良さそうに眠っているものだから、なんだか起こすに忍びない。

そっと近づいて、やわらかなラインを描く頬に唇を寄せた。


‥‥‥起きないな。


今度は耳に口づけた。


「う‥ん」 


鼻にかかった声がもれて僅かにみじろいだが、まだ起きる気配はない。


おいおい、こんなに無防備でいいのか。


他の奴が残っているときだったら、どうするんだよ。


さすがに起きるだろうと思って、薄く開いた唇に唇を重ねた。


ーーー起きない。


起こしたら可哀想か、などと思っていた気持ちが消し飛んだ。


こら、起きろ。


今までもこんな風に寝ちまって、俺以外の奴に触られたりしてないだろうな。


かぷっと耳たぶを唇で挟んでうにうにと食む。


いいかげん、起きろよ。


「あ…んん、だれ……」


誰?だとおぉぉぉぉぉ。


「い、いたぁ。な、なにっ」


俺は甘噛みなんてレベルでなく栄口の耳に歯を立てた。


「阿部ぇ、何すんだよ」


耳を押さえて抗議してきたけど、俺の顔を見て黙った。

きっと不機嫌オーラが出ていたんだろ。当然だ。


「誰ってなんだよ、誰って」

「え……なに?」

「俺以外に誰が栄口の耳、食ったりすんの?」

「え、耳…食う?なに?」

「寝ぼけててもヒデェよな。無意識でも俺の名前を呼ぶのがフツーじゃねぇの」


栄口は俺の言葉の意味するところを、寝起きの回ってない頭で一生懸命考えてる。


「えぇと、つまり、寝ている俺のみ、耳を‥‥阿部が‥‥えっと、‥‥その、食べっ、ーーー俺、そのとき『誰?』って聞いた‥‥ってこと?」


件の耳を赤くしてつっかえつっかえ上目遣いで聞いてくるのが、くそ可愛い。


「ンだよ、誰って。なんで俺って分かんねーの」

「……そんな深い意味はなかったと思うけど……」


ジロッと見ると、慌てて謝ってきたけど、俺の機嫌は下降したままだ。


はぁ〜。


ため息をつくと申し訳なさそう、困ったように眉が下がった。


「ごめんね?阿部、怒んないでよ」


小鳥みたいに首を傾げて謝ってくる姿は可愛いけど。


「お前、キスしても全然起きねぇし」

「あ、じゃあ、阿部だって分かってたんだよ」

「は?」

「阿部だって分かってたから、安心して眠ってたんだろ、俺」

「っ、お前、誰って言っといてそれはないだろ」

「違うよぉ。それはきっと、『誰かにみられちゃう』って言おうとしたんだよ」

にっこり笑って、キッパリ言われるとそれが正しいような気もする。


「も、帰ろう」

「あ、ああ」


カバンを肩にかけて部室を出ようとしたら、思い出したみたいに栄口が振り返った。


「人が寝ているときに勝手にキスしたらダメだよ」

「……悪かったよ、ごめん」


なんで俺が謝ってんだ……。


なんか釈然としないけど、



俺をイタズラっぽい目で見た栄口に



「だから、キスは起きてるときにして」



なんて言われたら、たちまちに機嫌もなおって、


俺は栄口に吐息を絡めとるようなキスをした。





……………………………………

栄口くんはついうっかり「誰?」って言っちゃたんだろーなー。手のひらでコロコロされてる阿部でした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ