short・ 阿栄
□Sweet heart 4
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誕生日だってのに風邪を引いた。
12月11日、日曜日、午後。
『具合どう?』
練習を終えたばかりらしい栄口からの電話に、喉が痛くて食欲がない、と答えると見舞いに来ると言う。
後ろで水谷の『えぇ〜、阿部なんかほおっておいて俺と遊びに行こう』って声がした。
誰がそんなことさせるか。
「昼からみんな出かけて俺一人になっちまった」と言ってやった。
心優しい栄口は『すぐに行くから待ってて。なんか欲しいものある?プリンとか』などと訊いてきたんで、とりあえず「リンゴ」と答えておいた。
(プリンなんてお子様じゃねーっての)
電話を切った後、何もいらねぇから、早く顔見せに来いと言えば良かったと思った。
気がつけば、もう3日も栄口に会ってないーー。
「足りてねぇんだよ」
栄口の笑顔が、声が、温もりが。
「早く来いつーの」
♪ピンポーン
ドアホンの音に玄関のドアを開けると、スーパーの袋を持って心配そうに俺を見る栄口がいた。
「阿部、大丈夫?」
「おう。もう熱はほとんど下がった。ーー上がれよ」
「うん。お邪魔します。
声、出しにくそうだね。喉痛いって言ってたから、レモン買ってきた。ハチミツレモン作ろうと思って。ハチミツあるよね?
家の人いないって言ってたけど、台所借りていい?あと、リンゴ、サンふじとジョナゴールドで迷ったけど、ジョナゴールドで良かった?」
靴を脱いでスリッパに履き替えながら矢継ぎ早に質問されて、世話女房という言葉が浮んだ。
いつもあの訳の分からない投手の世話をやいてるから(泉は俺が三橋にやいているのは世話じゃなくお節介だと言いやがる)、ここらで一休み、栄口に世話をやいてもらうのもいいのかも知れない。
「ハチミツは、ある。台所は好きに使ってくれ。あと…リンゴがなんだって」
「サンふじとジョナゴールドどっちが良かったかっていう話」
「なんだよ、それ。両方リンゴなんだろ」
「うん。ジョナゴールドが酸味があって俺は好きなんだけど……」
「食えりゃ何でもいいよ」
台所に案内して、まな板と包丁、ハチミツを出してやる。
ダイニングの椅子に座って待ってようとしたら、自分の部屋で寝てろと言われた。
「もう良くなってんだよ。熱も計ったら37℃ジャストだったし」
どれどれ、と額に手が伸ばされる。
ちげぇだろ。
手首を掴んで引き寄せて、栄口の額に額を押し当てる。
熱計るつったらこーだろ。
「あ、阿部…っ」
「なに赤くなってんの?お前のほうが熱あるんじゃねーの。ーーってぇ」
頭突きされた。
「病人だぞ、俺は」
文句を言うと
「病人ならおとなしく寝てろよ」
背中をぐいぐい押されて仕方なく二階に戻ることにした。
「あ、栄口。リンゴな、うさぎにしてくれ」
「へ……」
「剥けるんだろ」
いつだったか、栄口の弁当に入ってたうさぎのリンゴ。「うわぁ、栄口これ自分で剥いたの〜。スゴいね〜」って、水谷がもらって食っていた。
「う、うん。剥ける…けど。うさぎリンゴ……」
阿部やっぱり熱があるんじゃないの?
栄口が呟いたのは聞こえないふりで、「よろしくな」と後ろを見ずに手を振って部屋を出た。
階段を上りながら、ぽかんと俺を見てた栄口を思い出してクックと笑う。
さあて、乾いていた心に潤いを取り戻すとすっか。