short・ 阿栄


□花の名よりも
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前日の爆弾低気圧が嘘のように晴れた4月のある朝。

俺は栄口と駅から学校までの道をのんびりと歩いていた。

たまにはこういうのも悪くない。


「あ、チューリップだ。ね、阿部見て」


ふわぁ、と欠伸をしかけたところで呼びかけられ、声の主を見る。

チューリップって可愛いよね〜、なんて身を屈めて花を見る、お前のほうがよっぽど……



よっぽどーーーーなんだ?



俺は今なんて続けようとしたんだ?


なんか…淡いピンクの花を見てニコニコしている栄口が幸せそうで、


ーー可愛く見えた、


……なんて。


ーーーー気のせいに違いない。



だけど、どうしたことか俺は伏せ目がちな栄口の横顔から目が離せなかった。

春風に吹かれて揺れる柔らかそうな茶色の毛先に触れてみたい、なんて。


ーーーーなに馬鹿なこと考えてんだ。


「あーべ?」


上目使いとか、そこらの女子がやってたら計算だろって思うのに。

澄んだ茶色の瞳に見つめられ、勝手に心臓が跳ねた。


「顔赤いけど、熱いの?」


「あぁ」と「おう」の間の音で返事をして、栄口から無理矢理に視線を外す。


「ってか、これってチューリップ?なんか違くね?」


逸らした視線の先に件の花。俺は思いつくままを口にした。

別にそれがチューリップだろうが、向日葵だろうが朝顔だろうがどうでもいいことなんだが。

さも重要なことのように、屈みこむようにして花を覗き込んだ。


「チューリップってこんなにビラビラの花びらしてたか」

「チューリップだよ。八重咲きの。たぶんアンジャリケってやつだと思う……」

「詳しいんだな。花、好きなんだ?」

「好きって言うか‥‥まぁ、嫌いじゃないけど。このチューリップ、中学の卒業式のときに貰ったんだ」


珍しいかったからネットで名前を調べたと言う栄口を横目で見る。

おいおい、頬が緩んでやしないか?


「‥‥女から貰ったのかよ」

「うん。委員会の後輩の女の子がね。『卒業おめでとうございます』って。ーー可愛いかったなぁ」


あーそうかよ。

なんかムカついたんで栄口を置いて歩きだす。栄口も黙ってついてきて隣に並んだ。

しばらくそのまま歩いて気になって堪らなかったことを訊いた。


「告られた?」


可愛い女の子に告られたりなんかしたら、コイツ簡単にオッケーしそうで心配。


ーーーって、心配ってなんだよ。


「え?いや。残念ながら何もなかったよ」


へにゃと眉を八の字にして笑う、


やっぱり今日の栄口って可愛くないか?


「チューリップの花言葉って『愛の告白』っていうんだって。期待させないでほしいよねー」


くるくると表情がよく変わる。笑った顔はもちろん、困った顔も拗ねた顔も愛くるしい。

プクンと膨らませた頬をつついてやりてぇ、とか。

くそ、なんだって言うんだよ。

あー、もう。

わしゃわしゃと頭を掻く。


「阿部?どしたの?」


小首傾げて問いかけられて、

乱れた前髪を伸ばされた白い指で直されて、

突如として思い当たる、この感情の名前。


ーーーーマジかよ。


口元を手で覆っても染まっていく頬を隠せやしない。


「阿部ぇ?ほんと、どうかした?」

「なんでもないから……気にすんな」


もしかしたら、ただのちょっとした気の迷いかも知れない。


ーーーー春だしな。


もの問いたげな栄口には気づかない振りで歩調を早めた。




* * *

咲いたのはチューリップではなく恋の花だったり(笑)


前日の暴風雨で自転車は学校において帰ったので電車と徒歩での通学という設定です。

二年生の春のお話。


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