long・(水+阿+巣)→栄


□金魚とピラニア
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………栄口………



「……好きだ」


掠れた声が雷鳴の中かろうじて聞き取れた。

突然抱き寄せられて阿部の腕の中で、俺は体をすくませた。
胸と胸、頬と頬が密着して、心臓がどくんどくんと早が鐘を打っている。

それすら自分のものだか阿部のものだか分からなかった。


「阿部……苦し……」


背中に回された腕に痛いほど締め付けられて、俺は息をするにも窮屈なその場所から逃れようと身を捩った。

すると今度は頬が阿部の両手に包まれた。


あったかい……。


思わず温もりに頬を擦り付ければ、阿部の漆黒の瞳が目の前に迫ってきていた。


「んぅ!あ……んんっ、あ、べっ」


気がつけば、唇を唇で塞がれ貪るようなキスをされていた。

固く閉じていた唇を舐められ、声を漏らした途端に生暖かい舌が侵入してきた。
逃げる舌を絡め取られて吸われると力が抜けて、阿部のなすがままに口内を蹂躙された。
上顎を舌で舐められるとが膝がガクガクして立っていられなくて、俺は阿部にすがり付いた。

阿部は俺の腰を支えながら、角度を変えて深く何度も口づけてきた。


「あ…んんっ、ふッ…ぁん、あっ」


俺の口から漏れるのはあえぎとしか言いようのない声と、飲みこみきれなかった二人の唾液。


雷の音も叩きつけるような激しい雨音も耳に入らなかった。


舌を甘く噛まれることが、唇で唇を挟んで吸われることがどうしてこんなにも気持ちいいんだろう。

離れていく舌を追いかけるように舌を伸ばした。


「はぁっ、あべ……」


酸欠でぼーっとした頭で必死に考えるさっきの「好き」って、こういう好きってこと……?


「あぁっ、やめっ、あ…っ」


耳の中を舐められてザワリと鳥肌が立ち、鼓膜に響くやらしい水音に震えが走った。
冷えていた肌はとっくに熱を取り戻し、体の奥から新たな熱が生み出されようとしていた。

腰を支えていた阿部の手が脇腹を撫でるようにして上がってきて、胸の先端に触れた。
きゅっとそこを摘ままれたとき感じたのは確かに快感で、俺はその事実に怯えた。


「やぁっ、いや、だっ」


怖かった。


これ以上触れられたら、自分を取り戻せなくなりそうで。


「阿部っ」


自分の変化に耐えきれずに、俺は阿部に助けを求めた。



ピタリと阿部の動きが止まって……

一瞬、俺を強く抱き締めてーー。

唇に触れるだけのキスをして……静かに離れていった。




「泣かせてごめん」


俺はどうやら涙をこぼしていたらしい。
自失していたら阿部がそっと指で拭ってくれた。


「あべ……」

「ーー雨、止んだみたいだな」

「阿部……!」



どうして、俺の目を見ないんだ。

謝まるんじゃなくて……

もう一度、俺を好きだと言ってくれよ。



そうしたら、俺も………



「ごめん、栄口。もう……二度としないから。俺を許してくれ。今日のことは忘れてくれないか」

「……」

「頼むから……ずっと友達でいてくれよ」


阿部の黒い瞳がようやく俺を見た。



うん、いいよ。

俺も阿部も今日のことは忘れて、
ずっと友達でいよう。



他になんて俺は言えば良かったんだ。

そう答えれば、俺は阿部を失わずにすむと思ったんだ。





三橋が現れるまではーー。


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