long・(水+阿+巣)→栄
□金魚とピラニア
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………巣山………
雨が降ってる。
中にはの樹々の濡れた新緑が艶かで、いっそうに綺麗だ。
窓の外をぼんやり眺めている栄口の横顔は愁いを帯びて、現国で習った文豪の『雨にうたれる花のよう』という一文が頭に浮かんだ。
声をかけたら栄口のことだ、笑顔でこちらを向くんだろうけど、なんとなくそれが躊躇われた。
窓の外、五月雨に触れれば散ってしまいそうな白い花ーー。
「栄口!聞いてよ。阿部ってばヒドイんだよ〜」
ガラガラッと大きな音を立てて教室の扉が開いたかと思うと水谷が勢いよく栄口の机に駆け寄った。
教室にいる連中がまたかという顔をしている。
水谷は日課のように1組にやって来ては、栄口にノートを貸してくれだの、阿部と花井が冷たいだの、昼飯を一緒に食おうだのと言っている。
ーーようするに、かまってもらいたくて7組からわざわざ足を運んでいるんだ。
水谷は栄口の斜め後ろに座っている俺のことなど素通りし、栄口の前の空いている席に腰を下ろした。
「さかえぐち〜」
高校生男子のものとは思えない甘ったれた声を出して、下から覗きこむように見てくる水谷に、栄口はふわりと微笑んで「どしたの?」と首を傾けた。
その仕草はさっきまでの儚げな様子とは違い、小鳥のように愛くるしい。
「栄口、今日も可愛いねぇ」
思わずっといった体でもらした水谷に栄口は「は?男に可愛いってなんだよ」と、今度は不満顔。
くるくると表情が変わる栄口。見ていて飽きない。
「だって、ホントにかわいー」
「もうそれはいいから」
照れてるのかほんのり頬が赤い。
「で、阿部が何だって?」
「そうそう、ヒドイんだよー。さっきの時間、9組がサッカーしてんのが窓から見えたんだけど、途中で雨が降りだしたから三橋が濡れるって、阿部の機嫌が悪くてさー。
数学の答え聞いても教えてくれないし。チャイムなってもまだグラウンドで田島と三橋がじゃれてたら、窓からでけぇ声で怒鳴るから耳痛いし。
なに、あの過保護。三橋は雨に濡れたからって溶けないっつーの!」
「…うん。そうだね。でも、大事なエースだし…阿部は三橋のこと一番に考えてるから」
水谷の話を聞いているうちに栄口の表情が翳ったのは気のせいか……。
でも、ちょっと声が固い気がする。
「それは分かるけどさー。この前も阿部は……栄口?」
「うん?」
「え〜と、調子悪い?ごめんね、俺、一方的にしゃべって」
「なんで?どこも何も悪くないよぉ」
「う〜ん、でも元気ない?」
そんなことないと、首を振る栄口に声をかける。
「気圧の変化で雨の日は体調悪くなる人もいるらしいぞ」
「んー、雨が続いて野球できないのは嫌だけど‥」
「俺はねー、雨の日は髪がヘンになるから嫌い。
いつもより早起きして鏡の前でドライヤー片手に格闘してるけど、なんかやっぱり決まんないんだよね」
水谷の前髪にそっと指先で触れ「別にヘンじゃないよ」と栄口が笑えば水谷はうっすらと頬を染めた。
「さ、栄口。これくらいの雨ならむしろ俺好きかも‥‥!」
「俺はね、どうせ降るなら雷が鳴り響くくらいの大雨になっちまえと思うよ。
ーー俺は雨に濡れても溶けないから、雨宿りなんてしないでどしゃ降りの雨の中、駆けて行きたいね」
栄口はそう答えると机に突っ伏してしまった。
「ごめん、やっぱり調子悪いみたい。しばらくこのままでいさせて」
震える声は泣きたいのを必死で我慢しているようだった。
水谷が戸惑ったように俺を見る。
俺は黙って栄口から窓の外へと視線を移した。
雨の中、うつむき咲いてる白い花は可憐だけど、俺には手折ることなどできそうになかった。
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