long・(水+阿+巣)→栄
□Timing
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一夜明けて、自転車のカゴにエナメルを慎重に入れて家を出た。
エナメルの中、教科書やノートの上にちょこんと乗せたラッピングが潰されてしまわないように。
チョコを渡すのなんて簡単だ。
『これ、昨日姉ちゃんと作ったんだ。わりとうまくできたから、やる』
そう言って、学校に着く前に渡してしまって終わり。
ーーのはずだったのに。
「っはよ!」
「うす」
いつも合流する交差点で阿部の顔を見た瞬間、臆病風に吹かれた。
(受け取ってもらえなかったらどうしよう)
("なにそれ?チョコブラウニーとトリュフ?別にいらねーし"……なんて言われたら)
(男からバレンタインに手作りチョコもらって嬉しいものなのか…?キモイって思われる?)
「なに難しい顔しての」
訝しげに問われて曖昧に笑う。
「なんでもない。ーーもう2月も2週間経ったんだなぁって思っただけ」
「ああ、今日14日か。後一ヶ月ちょっとで春休みだな」
去年の春休み、阿部と二人でグラウンドを整備しに通った。
あれからもうじき一年が経とうとしているんだ。
俺はーー、いつから阿部を好きになったんだろう。
俺はーーいつまで、このやるせない想いを抱えてなきゃならないんだろう。
バレンタインにチョコを渡して告白、なんて考えてない。
好きだなんて言うつもりはない。
ただ、お前を好きだというこの気持ちがときどき溢れそうになって、スゴく苦しくて。
自己満足だって分かってるけど、密かに想いを託したチョコを受け取ってもらえたら、少しは楽になるかなって。
(阿部は今日が何の日か気づいてないのかな)
今日、バレンタインデーだねって、思いきって話振ってみようか。
「あ、阿部、き…」
「まーでも、春休みの前に期末テストだな。栄口、水谷にばっかかまってねぇで、三橋にも古典教えてやってくれよな」
「……分かってるよ」
水谷にばっかかまって、ってなんだよ。
定期テスト前恒例の勉強会、俺はちゃんと三橋にも古典教えてるよ。
三橋、三橋ってお前こそ、三橋にかまってばかりじゃないか。
昨日の夜、姉ちゃんにはCDを貸してくれてるヤツにチョコ渡すって言ったけど、俺の頭に浮かん出たのは、ふにゃんと笑う水谷の顔ではなく、不器用で愛想笑いひとつできないお前の顔だったのに。
「ーーっていい?……おい、栄口?」
「あ、なに?」
なんだか泣きたい気分になって、阿部の言葉など聞いていなかった。
「早弁用のパン買いにコンビニに寄ってもいいかって聞いたんだよ」
「コンビニね。いいよ」
「お前、変だぞ。練習のときはもっと集中しろよ。ーー怪我しねぇか心配」
……三橋のことだけじゃなくて、俺のことも心配してくれるんだ。
そう思うとほんの少し気分が明るくなった。
阿部の言葉におかしいくらい一喜一憂してしまうのは、恋してる証しなんだろう。
コンビニに寄った後、気を取り直してチョコを渡そうとしたけど、結局学校に行く途中では渡すタイミングがつかめなかった。
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