long・(水+阿+巣)→栄


□Timing
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朝練の終わりに、篠岡がみんなにって配ってくれたハート型の手作りチョコクッキー。

「どうも」って受け取った阿部には愛想笑いの欠片もなくて。

マネジのチョコでその反応なら、俺のチョコなんて黙殺されるんじゃないかとまた不安が顔を覗かせたけど、俺がときどき料理作ったりお菓子作ること、あいつだって知ってるんだから、さらーっと渡したらいいんだって自分に言い聞かせる。


(……別に告白するわけじゃないし)


「放課後はチョコバナナ作るからねー」


篠岡の言葉にはしゃぐ部員たちを尻目に黙々と用具の片付けをする阿部に知らず、ため息が漏れた。





「ねぇ、栄口、……チョコレート、誰かに貰ったりした?」


昼休み「一緒に弁当食べよ!」ってやってきた水谷に訊かれたのは、デザートのみかんを食べ終わった後だった。


「しーのかとクラスの女子から貰ったよ」

「コ、コクられたりしたの?」

「いや、義理チョコだし?」


クラスの女子の義理チョコは"ファミリーパックのチョコの掴み取り"、だったんで、ホワイトデーには"キャンディの掴み取り"でお返しすることが既に決まっている。


「水谷こそ、チョコ貰わなかったの?」


水谷は甘く整った、女の子が好きそうな顔してるし、話しやすくて優しいし、いかにもバレンタインデーにチョコ貰いそうなんだけど。


「ーー俺も、義理チョコしか貰わなかった、よ。ーー本命チョコは……断った」


あ、やっぱり、告白つきのチョコ、くれる子がいたんだ。

もったいない、と思うより先に、可哀想だな、という気持ちが沸き起こった。

手作りか市販品か知らないけど、それは水谷のために用意された、想いのこもったチョコなのに。

世界で一つだけの、なんて言ったら重いか……。


「なんで?」

「へ?」

「なんで、チョコ、受け取ってあげなかったの?」


水谷にチョコを受け取って貰えなかった子のことを考えると胸が痛むのは、俺のエナメルの中に眠るピンクと赤のストライプの小袋のせいだ。


「ーー他に、チョコを貰いたい子がいるから」


思いのほか真剣な眼差しで答える水谷に鼓動が跳ねた。

普段はあまり意識しないけど、水谷ってカッコいいんだよな。

なぜだか頬が熱くなって、うつ向いて食べ終わった弁当箱を巾着袋に片付ける。


(チョコを貰いたい子がいるって……好きな子がいるってことだよな)


それはそれで、筋は通っている。

義理チョコは受け取るけど本命チョコは受け取らない、というのはフニャフニャしているようで、やるときはやる水谷らしい決め事だ。


誰なんだろう、水谷の好きな子って。

学年で誰が一番可愛いかとか、好きなタレントの話はしたことあるけど。

好きな子がいるなんて聞いたことがなかった……。


「……その子からチョコ貰えるといいな」


ほんの少しの淋しさと共に言うと、「ん〜、無理っぽいけどね」と水谷はやけに弱々しく笑った。


「や、でも、義理チョコのふりして本命チョコくれたりするかもよ?ーー本命チョコって渡すの勇気いるーーだろうし」


なんだかこれって自分のことみたいだな、と思いながらフォローを入れると、「俺、栄口からなら義理でもチョコ欲しいけどな」と、甘く溶けるような顔でねだられたーー。


 
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