long・(水+阿+巣)→栄


□I'll steal your heart. 1
2ページ/4ページ

心臓が止まるかと思ったんだ。

体育の時間。

バスケットの試合中、甲高い笛の音と共に「栄口!」って声が聞こえて――

隣のコートを見ると倒れこんでる二人のうち、下敷きになっているのが栄口だった。

俺はパスされたばかりのボールを放り出して、栄口の元へ走った。


「栄口っ、大丈夫か!?」


同じチームの奴の手を借りて立ち上がった栄口は、きょとんと俺を見た。


「巣山?向こうのチームじゃなかった?」

「怪我は?どこか痛いとこは?」

「大丈夫だよ。倒れたときちょっと腰打っただけ。――パス受けるの失敗しちゃった」


にっこり笑ってヒラヒラと手を振る栄口の右手の甲に、くっきりと三本の爪痕。


「血……出てる」

「え……、あ、ホントだ。どうりで、なんかヒリヒリすると思った」


栄口は傷を見て一瞬、顔をしかめたけど、


「ごめん、俺が強引にパスカットにいったから」


ファウルしてきた奴に謝られると「たいしたことないよ」と穏やかに笑った。

だけど皮膚が抉れて血が滲んだ手は痛々しくて、俺は栄口に怪我をさせた奴を見据えずにはいられない。

横も縦も栄口より一回りデカイ。こんな奴にぶつかってこられたら、華奢な栄口には相当な衝撃だったろう。

その上こんな傷までつけられて。


(よくも、俺の……栄口に……)


胸の奥から生まれてきた黒い感情に自分でも驚いた。


「ご、ごめん。ワザとじゃないんだ」


どうしても怯えたように謝ってくる、このクラスメイトを許せなかった。

わざとじゃないし、怪我をさせられた当の本人は笑顔で「気にしないで」と言っているのに。

栄口のことになると俺は寛容さを無くして、器の小さい男に成り下がる。


そんなこを考えていると、ピーッと笛の音がして、体育教師が現れた。(今ごろ遅いってんだよ)


「そこ、何をしているんだ?巣山、お前、向こうのコートで試合中だろ」

「栄口が怪我したんで、保健室に連れて行きます」


有無を言わせず言い切って、栄口の左手首を掴んで歩き出した。

(後ろで誰かが呼び止めたけど、そんなことどうでもいい)





保健室に向かってズンズン歩く。


「巣山、痛い。力、入れすぎ。それに歩くの早いって」


栄口の訴えにはっとして、手首を掴む指の力を緩めた。


「ごめん」


離して、とは言われなかったんで、そのまま緩く手首を握ってゆっくり歩く。


(栄口の手首ってやっぱ細いよな……)


「たいしたことないから、保健室なんて行かなくても……」

「人の爪なんて雑菌だらけなんだから、化膿するかもしれないだろ。それに傷痕が残ったらどーすんだ」


栄口の躯にアイツの爪痕が残るなんて、想像すらしたくない。


「巣山、三橋に過保護な阿部みたいになってるよ」


怪我した右手の甲を見ながら栄口はクスリと笑った。


「これが三橋だったら、阿部が怒り狂って大変だろうな」


何気ないその言葉はざっくりと俺の心に爪を立て、引き裂いた。

なにも分かってない、無邪気で残酷な栄口。

倒れているのを見たとき、心臓が止まるかと思ったんだ。

心配で痛いほど心配で堪らなかった。

栄口を傷つけた奴を許せないと思った。

怒りで我を失いそうになった。

その感情の名は、阿部の三橋に対する想いとは違うものなのに。

なのに何故、今阿部の名を口にするんだ?

何故、俺を阿部のようだと言うんだ?


君が俺の心臓に、深く鋭い爪痕をつけたーー。


.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ