long・(水+阿+巣)→栄
□I'll steal your heart. 4
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「なにこれ?」
Tシャツの首元、指をかけて広げると現れたのは、小さな紅い痕。
「なぁ、なんだよ、これは。なんでこんなもんつけてんの?」
副主将同士で話があるって呼び出した部室で、栄口を壁に追い詰めて問いただす。
朝練のとき見つけた、ギリギリ服に隠れるか隠れないかの所につけられた、鬱血した痕。
自分の目にしたものが何か理解した瞬間、息が止まった。
体中の血が沸騰するかと思った。
強く吸われたであろう場所に指で触れる。
うっすら上気する、肌。
「栄口……」
至近距離から見つめると、淡い色の瞳が逸らされた。
「なんでもないし、阿部には関係ない」
小さな、でも、俺を強く拒む声。
胸を押し退けようとした手を捕らえて、壁に押し付ける。
「阿部っ……、はな、せ」
逃げようとする体を体で押さえつける。
加減できずに細い手首をギリギリと締め付けた。
「阿部っ、痛いっ」
「……巣山がつけたんだろ」
その一言にビクッと栄口の肩が跳ねて、動きが止まった。
「あいつ……」
(ふざけやがって)
(これ見よがしに、こんなモンつけやがって…!)
感情のまま、巣山のつけた紅い印に噛みついた。
「やぁっ、いたっ、痛いっ」
痛い、やめろ、と栄口が悲鳴をあげる。
でも俺には止めてやることができなくて。
口の中に広がる血の味にようやく噛むのをやめて顔を上げれば、栄口はぼろぼろと涙をこぼし、怯えた顔をしていた。
「あ……、ごめん」
何やっているんだ俺は。我に返った途端、胸に広がるのは苦い後悔でしかなかった。
掴んでいた手を離し、押し付けていた体をどける。
「ごめん、痛かったよな」
栄口はもう逃げようとはせず、壁に背をつけたままズルズルと崩れるようにしゃがみこんだ。
ごめんな。怖がらせて、痛い思いさせて。
本当はもっと優しくしたいんだ。
お前のこと、誰よりも大切に思っているんだ。
――そう言いたいのに、言葉になって出てこない。
俺には言葉が足りないときがあって。
その俺の足りない言葉を拾って、補ってくれるのが、栄口で。
俺はそんな栄口にずっと甘えていた。
――でも、自分で言わないと始まらないこともある。
「もう、遅いのか……?」
問うように、見上げてくる瞳。
俺の好きな優しい茶色の瞳が哀しい色に潤んでいる。
「あの春休みの最後の日、ちゃんと伝えてたら……」
抱き寄せるだけでなく、気持ちを伝えることができていたなら。
俺はお前を奪われることはなかったのか。
泣かすまい、傷つけまいと、封印した想いを解き放っていれば。
今ここで、こんなにもお前に、辛い思いをさせなかったのか。
ゆっくりと栄口の前に膝をつく。
「好きだ」
「阿部……」
瞳から新たな涙が溢れだす。
その涙の意味を俺は知らない。
だけど。
そっと栄口を抱き締める。
微かな抵抗……。
俺は華奢な首筋に顔を埋めて、おもいきり息を吸い込んだ。
あのときと同じ……栄口の甘い匂い。
(誰にも奪われたくない)
たとえ、栄口を泣かせても――。
「取り戻してもいい?」
返事を聞く前に、巣山がつけた痕を上書きするように、うなじを強く激しく吸い上げる。
新たにより鮮やかな紅い印が刻まれた。
「栄口は俺んだよ。――ずっと、最初から好きだったんだ」
腕の中、震える栄口に告げながら。
俺のつけた所有印を見たあいつが、どんな顔をして、何を思うのかを考えた。
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