treasure(捧げもの)


□Game
2ページ/5ページ

「泉、なんかいい景品ある?」


クレーンゲームを見て回ってると、巣山とのゲームを終えたらしい栄口が声をかけてきた。


「んー、どうだろ。けっこう、充実してんな。巣山は?」

「両替してくるって」


一緒にクレーンゲームを覗いて歩く。

あ、って、栄口が呟いて足を止めたのは、ブタのぬいぐるみが入ったクレーンゲームの前。

全長30センチ?いや、40センチはありそうな見るからに手触りのよさそうなふかふかのブタのぬいぐるみだ。ピンクとブルーの二種類。

じぃっとそのぬいぐるみを見つめていた栄口が財布を取り出した。


「やんのか?」


コクりと頷いて、百円玉を2枚投入する栄口。


意外。


ぬいぐるみのクレーンゲームなんて、彼女にねだられた男のするもんだと思ってた。

そういえば栄口、姉ちゃんと年の離れた弟がいたな。優しい栄口のことだから、姉弟のどちらかにあげるつもりなのかもしれない。

栄口の操作するクレーンのアームは片方だけブタの胴体に引っ掛かったが、その体が持ち上がることはなかった。

ま、一回で景品が取れるようなことはまずない。そんな設定の甘い店は早々につぶれるだろう。

もう一度財布を開いて、今度は500円玉を取り出した栄口。


おいおい、まだやんのかよ?


俺の視線に気づいた栄口が恥ずかしそうに笑った。


「高校生にもなって、ぬいぐるみもないんだけど。昔持ってたやつにそっくりで。……なんか懐かしくて」


欲しくなっちゃったって、自分用な訳ね。


まぁ、いいんじゃね?


「重心、後ろにあるから頭狙ったほうがよくないか?」


そのぬいぐるみは、なんつーの?貯金箱とか蚊取り線香を入れるブタをふかふかにした感じだった。


「う〜ん、ちょっとこの角度は狙いにくい……」


三回の内二回は持ち上がったもののホンの少し位置がずれただけで終わった。


「バネが弱いな」


これは取れねぇよ、と言いかけたところで、財布を覗いた栄口に「悪いけど、百円貸してくれない?」と頼まれた。


……そんなに欲しいのかよ。


「この前ジュース奢ってもらったから、返さなくていいぜ」


コイン投入口に百円玉を落とし込む。

クレーンゲームはときどきやるけど、ぬいぐるみに手を出したことはないから、上手いアドバイスもできない。

五回目のチャレンジも空しく、ブタは微動だにしなかった。


はぁ〜っと栄口の口からため息が漏れた。


「栄口?どうかしたのか?」


ゲーム機の向こうから回ってきた巣山が、肩を落とす栄口とブタのぬいぐるみを見比べて怪訝そうな顔をしている。


「や、なんか栄口がこのブタ欲しかったみたいで」


俺の言葉に「可愛いな」と呟いて、目を細める巣山。


可愛いかぁ?


小遣いが潤沢とは言えない男子高校生から、あっという間に千円近い金を巻き上げたこのブタを俺は到底可愛いとは思えない。



いや、待て。



巣山の視線の先にあるのは、ぬいぐるみじゃなくて、何故か耳まで赤くした栄口じゃね?


「難しいのか、それ」


いつもと変わらない、落ち着いた巣山の声。


「うん、バネが弱いのか、この子が重いのか分かんないけど……。ちょっと無理っぽい」


対する栄口の声も普段どおり、か。

気のせいか、なんて思ってたら「行こ、泉」って、シャツを引っ張られた。


巣山は置いてきぼりかよ。





「もう〜、高校生にもなってぬいぐるみ欲しいなんて、絶対ガキだと思われたよ〜」


あんなとこ見られるなんてって、巣山から見えない所で言ってる栄口が可愛いくて、俺はよしよしと頭を撫でてやった。


「巣山はンなこと思ったりしてねぇって」

「う、うん」

「あー、泉っ、栄口になにしてんだよ」


どこから現れたのか、水谷が俺から奪い取るように背後から栄口に抱きつく。


「栄口の頭を撫でてもいいのは俺だけなんだからね!」

「へぇ?」


だったら、お前の頭を撫でてやるよ。


「うわ、わ、やめてよ!」


ゆるくウェーブのかかった髪を両手でぐちゃぐちゃに掻き回してやると「さかえぐち〜」って、水谷はますます栄口にくっついた。


うざっ。


あまりのうざさに手を引っ込める。

栄口は嫌な顔ひとつせず、「はいはい」って、水谷の髪を直してやっている。


いつだったか「鬱陶しくねぇの?」って聞いた俺に、きょとんと首を傾げて「なんで?懐っこい犬がじゃれてきてるみたいで可愛いよ」とのたまった。


バカな犬ほど可愛いのか栄口。


髪を整えてもらって「えへへ」と嬉しそうに笑う水谷に「ふふ」っと栄口も笑い返している。


それはそれで、微笑ましくあるけど。


「ね、太鼓の達人しよ。新曲入ってるよ」

「うん。泉もしよ」

「ああ」


水谷と歩いて行く栄口の足取りは軽く、しょげてた様子は微塵も感じられない。


水谷のバカさ加減もたまには役に立つもんだ。






あー、そう言えば、俺の後ろにもでっかいバカ犬がいたわ。



おい、いつまで人の髪触ってんだよ。

ドライヤーはとっくにかけ終わってるだろーが。


髪を鋤く浜田の手が気持ちよくて、胸にもたれ掛かっていたのは棚に上げて、背後に向けて肘鉄を食らわせる。

「ぐほっ、いずみ〜」って呻いている浜田はほっといて、ゴロンとうつ伏せに寝転ぶ。


はまだー、足マッサージして。

このまま寝たら、夜中に足つりそー。


しょうがないなぁって、温かい手のひらがふくらはぎを包み込む。



は?今、しょうがないつった?


誰のせいで、俺の足がこんなに張ってんだよ。


練習試合二つこなして疲れてる俺の足抱え上げて、突っ込んできたのはどいつだよ。



う、俺です。ごめんなさい。って、(見えねぇけど、たぶん)うなだれた浜田は、飼い主に叱られた犬っぽくて、俺は水谷の空気の読めなさを笑って許してやっている、栄口の気持ちが分かったような気がした。



確かに、バカな犬ほどほだされるな。



あっ、そこ…気持ち、い。


……なんだよ、浜田。変な気ィ起こすなよ。


俺はもうヤんねぇからな。


あー、じゃあ、気が紛れるようにさっきの話の続きしてやるわ。




 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ