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□君が大人になったなら
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ケータイを取り出して、お気に入りの一番上の名前を選んで発信ボタンを押す。

コール三で出たのは愛しい人。



「もしもし、ゆーと。俺、泊まりの出張なんて嫌だよう。もう帰りたい。ってか、帰る〜」

「何言ってんの、仕事だろ」


相手に話す間を与えずに話し出す俺に、落ち着いた声が答えた。


「もう終わったし。ギリ終電に間に合いそうだし。ゆーとに会いたいから、帰る。で、明日の始発でまたこっちに来る」

「ダメだよ。明日、仕事にならないだろ」

「ゆーとに会えないほうが仕事になんないよ。明日は朝一の会議に出たらいいだけだし」


ふーって、ケータイの向こうで、ため息。


「二十歳もとっくに過ぎたのに、そんな子どもみたいなこと言わないの」

「大人でも子どもでも会いたいものはしょうがないよ。もう一週間近く会ってないのに、ゆーとは俺に会いたくないの?」

「……会いたいよ」



だったら、って言う俺の声に「だから」って言う声が重なった。


「俺が会いに行くから、お前はそこにいろ」

「……」


明日、平日だよな。学校は?


「聞いてる?」

「あ、うん」

「明日は開校記念日で休みだから」

「テストの採点とかしなくていいの?」


試験終わりはいつも忙しいって休み返上してんのに。


「まだ余裕あるから大丈夫だよ」

「俺のわがままに付き合ってくれるの?」

「あ、わがままだって自覚あるんだ」


大人になったねぇ、って子ども扱いしてるクスクス笑ってる。


「だって…だってね、さっき歩いてたら、俺が高校生だった頃、ゆーとが使ってた、あの花の香りのシャンプーの匂いが何故かしてきて、そしたら俺はゆーとに会って、ぎゅうっと抱き締めたくなっちゃったんだよ〜」

「あー、あの頃は実家暮らしで、姉さんが買ってくるのを適当に使ってたからなぁ。……でも、ホント、ジャスミンの香りがすごいな。夕方から花開くからなぁ、この花」

「でしょ?すごい匂ってるよね。も、一気に記憶が甦って………えっ、ちょっと待って……なんで、ジャスミンの香りとか知ってるの?」

「俺も水谷と同じ街に来てて、今ジャスミンの花の下にいるから」

「え、え、えぇっ!?」


大声をあげた俺に道行く人が何事かと視線を投げる。俺は声も態度も小さくして、さらに道の端っこに寄った。


「ふみき、お前、声大きいよ」

「ごめん」


だって、ゆーとがびっくりさせるから。

この街に来てるなんて。


見渡せば、白くて小さい星みたいな花を咲かせた木がたくさん並んでいる。


ジャスミンっていうのか、この花。


木にかかってる札を読むと、街のシンボルフラワーらしい。どうりで、あちこちで見かけたわけだ。


「ゆーと、どこにいるの?」

「さっき着いて、今、駅前広場」

「な、なんで…?」

「俺も会いたかったから。でも、明日の仕事が終わるまでは、黙って待ってるつもりだったんだけどな。……ダメな大人だよね、俺は」

「そんなことない!てか、俺はダメな大人のほうがいい。待ってて、すぐ行くから」



駅に向かって花の香りの中を走り出す。


懐かしくって、愛しい君に会いに行く。


あの頃と変わらないものと、変わったものと、全部抱きしめたいから。




* * *


水谷はなんの仕事してるんでしょうねぇ?
ちゃんと仕事してるのか?


(私の職場はわりとゆるくて「昼から休みます」って言ったら「はい、どうぞ」って感じ何ですが。)


会いたくてガマンできなくて、水谷のいる街に来たものの、(どうしよう会いに来ちゃった)ってぐるぐるしてる栄口先生も可愛いよね。

普段ちゃんとしてるから、たまにはダメな大人になってもいいと思います。
 
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