short・その他


□Mission
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「……本気で言ってるんですか?」

「本気だ、本気。ーーでも勘違いすんなよ、俺には好きな人がいる」


顎から指を離すとあからさまに肩の力を抜いて、あの人の名を呟いた。


「……加具山さん」


おうよ。

俺はあの人が大好きで。

手に入れたくて手に入れたくて堪んないのに、あの人はいつも俺の手をすり抜けていってしまう。


ーーいつか絶対手に入れて、手に入れたら最後、絶対絶対、本人が嫌だつっても手離さない。


そう決めてるし、もうそれは俺の中で決まってる、確定事項だ。


けど、まぁ……。


「今はお前でいいや」


今はまだ、加具山さんに自由な時間をあげたいから。

あの人に無邪気に笑っていて欲しいから。

あの人とじゃれあう日常の幸せを、俺も今は壊したくないから。


(好きだなんつったら、あの人絶対余計なこと考えて、変な気を回して、受験どころじゃなくなるだろうし)


「隆也と寝るのがどーでもいいことなら、俺ともできるだろ?」


にっと笑いかけると眉間にシワを寄せた。

ーーお世辞にも嬉しそうには見えねぇな。

俺はけっこうお前が気に入ったんだけどな。

淡い茶色の瞳(加具山さんのデッカイぐりんぐりんの黒い目とは正反対だ)をじっと見つめる。


俺のことサイテーとか思ってんのかね?

けど、コイツの瞳に映る俺はソフトフォーカスがかかったように優しく、柔らかく見える。

隆也もそういうとこが気に入ったんじゃねぇの。

よく分かんねーけど、包み込むような、どこまでも自分を受け入れてくれそうな眼差しが心地いい。


「榛名さんと……」


迷ってんのか恥じらってんのか、目を逸らしたかっただけなのか、うつ向いたうなじに赤い痕。


隆也もなかなかやるねぇ。

アイツ、独占欲強いくせに素直じゃないからな。

どーでもいいって顔して、全然どーでもよくなくないんだろ。

後から気づいて泣け。

欲しいものは欲しいってちゃんと言わねぇから、不安にさせて誤解されたりすんだよ。


いや、言ってたか?

中学のころ、俺に。


けど、俺には隆也の言葉は届かなくて、俺が変わることはないままだった。

あれからアイツは自分の一部を変えてしまったのかも知れない。

(そんな昔のことも、推測でしかないことも、それこそどーでもいいけど)



俺は武蔵野で加具山さんに出会った。

あの人が俺を変えた。

俺に必要なのはあの人だった。



そして、隆也は俺のいない西浦を選んで、コイツに出会った。



「お前、本気で隆也と寝るのがどーでもいいことだとか言ってんのかよ?」


少なくとも隆也はお前と寝るのをどーでもいいことだなんて思ってねぇよ。


茶色の瞳が潤んでーー揺れた。


答えはーーない。




手っ取り早く体に訊くことにした。
 






 
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