short・その他


□秋からもそばにいて・泉栄編 
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「今日もあちーな」


部活の休憩時間、タオルで額の汗を拭きながら、栄口の隣に腰を下ろした。


「でも、もう夏も終わりだね」


静かな声で答えて、足元に転がっているセミの死骸を拾いあげた栄口が、薄茶色の羽根を細い指で砕き始めた。


「……っ」


乾いた音をたててバラバラにされて、地面に落ちていく、かつて飛ぶためにあったもの。
 
残ったもう一枚の羽根にも指がかかる。


「や…めろよ」


喉を締め付けられてるみたいな声が出た。


「あぁ…、手、汚れちゃうな」


片羽根になった蝉を投げ捨てて、指先に息を吹き掛ける栄口に「そうじゃなくて」と言葉を続ける。


「……可哀想だろ」


不思議そうな顔をして俺を見る、栄口の目はいつもと変わらず、穏やかで優しい。


「あの蝉はもう死んでるから、俺が何をしたって痛くないんだよ?」


無邪気に微笑まれて、俺はなんだか哀しくなる。


「……それでも、あんなことしちゃ、ダメなんだよ」


「なんで?」って、栄口、お前、本当に分かんないのかよ。


「そんな目で俺を見ないで、泉」


栄口の声だとは到底思えない、低く硬質な声にはっとした。


「俺のこと、嫌いになった?もう、そばにいたくない……?」


何もかも拒むような声とは逆に、すがりつくように俺を見る栄口。


その目に張られた涙の膜に、俺の顔が歪んで映っていた。


栄口の震える手をぎゅっと握る。


可哀想なくらい冷たい手だった。


握り返してくるこの手に、俺は温もりを分け与えてやりたくて。



「……栄口を嫌いになったりしねーよ」



大丈夫、俺はどんな栄口だって愛してる。



お前の瞳に映る俺の微笑みが、その心の深い場所に届くなら、俺はなんだってしてやるよ。



「そばにいるよ、ずっと」



夏が終わって、秋になって、やがて冬になっても。




巡る季節の中で、いつか栄口が俺を必要としなくなる日まで。









* * *

「秋からもそばにいて」ってタイトルで初めに思いついたのはこのバージョンでしたが、これを拍手のお礼にするのは、あんまりなんでやめときました。

ちょっと栄口くん病んでますね。

心優しい栄口くんが好きな方々には申し訳ないです。




 
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