short・その他


□Snow day 後編
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PM1:10  泉 孝介


「泉!待って」


昼休み、委員会からの帰りに廊下で聞き慣れた声に呼び止められた。

姿を見なくてもその澄んだ声を聞くだけで、微笑みが浮かぶようになったのはいつからだろう。

振り向いた視線の先にパタパタと駆けてくる栄口。

ーーンな、走んなくても俺はどこにも逃げていかねぇって。


(むしろこの腕にお前を抱き止めたいくらいなのに)


こんな想い、知られたら引かれるかーー。

「泉、どうしちゃったんだよ。俺ら、友だちだろ…」って、

あの耳に心地好く響くまあるい声で、戸惑いを口にしてうつ向いちまうんだろうな。

栄口を好きになって、俺は臆病になった。

だけど、そんな自分が嫌いではない。

なんつーか、臆病なぐらいのほうが栄口を傷つけたりしないンじゃないかと思うから。

臆病=慎重なのだとプラスに考えよう。


「泉?どうかした?」


駆けてきた栄口が目の前で足を止める。

ああ、もうちょい身長差が欲しいなぁ、と思う。

「別に。寒い中、あったけぇ飲み物求めて外に出ていくって矛盾してんなーって考えが頭をよぎっただけ」

「ーーそうなんだ。なんか…難しい顔してたから」

「自販機までの道のりは寒く険しいぜ?浜田がいたらパシリに使ってやんだけど、あいつ今日休んでンだよな。ぜってー、サボりだって」

「あは、じゃあ、俺も一緒に自販機行くよ。ココアでも飲もうかな」


その言葉に俺は今居る場所から一番遠い自販機に行くことにした。


――全く、恋ってヤツは人を臆病にも策略家にもさせやがる。



「うう、やっぱり外は寒いねー」


雪は止んだけど、吹き付けてくる半端なく冷たい風に栄口が自分で自分の肩を抱き締めた。


「だな、さっさと買って中に戻ろうぜ」


体育館横の自販機に人影は少ない。こんなとこまで付き合わせて悪いことしたなと栄口の横顔を盗み見る。


「"苺ミルフィーユミルクティー"って、いつの間に入ったんだろ……。
華やかな甘い香りが広がりますって、味はどんなんのかなぁ。
うーん、この前飲んだキャラメルプリンココアはちょっと失敗だったからなぁ」


俺の気遣いをよそに自販機の前に立ち、新製品を買うべきか真剣に考え込んでいる栄口がなんだか可笑しくてーー可愛い。


「あ、ごめんね。待たせて。泉、先に買う?」


俺の視線をどう取ったのか、慌てた様子の栄口に安心させるように首を振った。


「いや、いいから。ゆっくり決めろよ」

「ん〜、今日は普通のココアにしとく。ミルクティーの方は水谷が飲んだことあるかも知れないから、どんなだったか聞いてみる」


栄口は硬貨をを投入してボタンを押すと、湯気の立つ紙コップを取り出して俺に場所を譲った。

俺は自販機の前に立つと100円玉を入れて、迷うことなくボタンを押した。


「泉は何にしたの?いつものカフェオレ?」


俺がいつも何を好んで飲んでるか栄口が知ってることに多少の驚きを感じながら、取り出した紙コップを差し出した。


「泉?」


華やかな甘い香りが広がります、という煽りに嘘はなかったようだ。


「え、これって……苺ミルフィーユのーー」

「味見してみろよ。気に入ったなら、ココアと交換な」

「泉……、」


喜ぶ顔が見たかったのに、「悪いよ……」と眉を下げられた。


そうだ、栄口はそういうヤツだった。

差し出していた紙コップのミルクティーを一口飲む。

甘酸っぱい苺の香りが口に広がる。いつも飲みたい味ではないがたまに飲む分には問題ない。

甘いけどくどくなく、栄口の好みには合ってると思う。


「ん、けっこう美味い。俺はこれもココアも好きだから、気にすんな」


もう一度、紙コップを差し出すと「……ありがとう」と手に取ってコクリと飲んだ。


寒さのせいか赤くなっている耳の縁を見ながら、間接キス、などと思っていると栄口が「好きな味だ……!」と微笑んだ。


「じゃあ、ココアと交換な」

「ーーいいの?」

「おう」


躊躇う栄口の手からココアの入った紙コップを取る、というか取り上げた。


「あ、ありがと、泉」

「いいって。ーーまた雪降りだしたな。早く戻ろう」

「う、うん」


栄口の吐く白い息が甘ったるく感じるのは気のせいではなくて。


今キスしたら、きっと苺ミルフィーユのミルクティーの味がするに違いない。




* * *
総受けをうたいながら、三橋編と花井編を書いてなくてごめんなさいm(__)m

気長に待っていただけると嬉しいです。

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