long・水栄


□仮初めの恋人 3
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阿部に手を引かれて駆け込んだ用具室。

外野にいた俺はびしょ濡れで、着ていた服は絞れそうなくらいだった。

髪からはぽたぽたと落ちる滴を頭を振って飛ばしていたら「これで拭け」って、阿部が羽織っていたシャツを脱いで差し出してきた。

いったんは遠慮したけど、「いいから、風邪引くぞ」って言われて使わせてもらうことにした。

阿部の匂いのするシャツで、髪とか首を拭くのってなんか緊張した。

阿部に包まれてるみたいだ……、なんて思って熱くなった頬を隠すように、うつむいてことさらゆっくり借りていたシャツを畳んだ。

でも、そのうちにぞくぞくと寒気がしてきて。

ぐっしょりと濡れて肌に貼り付く服に、体温が奪われていくのが分かった。

「ありがとう」ってシャツを返すとき触れた阿部の手がやけに熱かったのは、自分が冷えきっていたからだったのだろう。


「お前、震えてるぞ。脱げよ。その濡れちまって役に立たない服」


躊躇していると剥ぎとるように服を脱がされた。

そりゃ、男同士だし、ずっと野球をやってて人前で着替えるのにも馴れているけど。

阿部は服を着たままなのに、自分だけ上半身だけとはいえ裸でいるのって……。

チラっと阿部を盗み見たら、目が合ってドキリとした。

阿部も慌てたように「俺、ベンチにタオル置いてっから取ってくる」って俺から離れて行こうしたから……、

俺はとっさに阿部の腕をとった。


ーーどうしてそんなことをしたんだろう。


雷と豪雨の中に出ていくのは危険だから止めたのは勿論だけど、それよりも――。


独りになるのが嫌だった。


まだ阿部と二人でいたかった。


だって、この春休みが終わると同時に二人だけの野球部は終わりを告げる。阿部は自分だけの投手を見つけてしまう。


「阿部、」

「さかえぐち……」



意思の強そうな漆黒の瞳に見つめられて、


阿部の低く響く声に名を呼ばれて、


抗いがたい力に引き寄せられたように、




どちらからともなく――――




唇を重ねた――――。




ほんの数秒の、


触れるだけ、の幼いキス。


だけどもう気づいてしまった。ずっと隠していた自分の想い。




「…っ、ごめんっ」


唇を離したのは阿部が先だった。


「……あ、べ」


どうしよう、俺……阿部が好きだ。

ぎゅっと捕まれたみたいに心臓が痛んだ。


「阿部、俺……阿部のこと――」


熱に浮かされたように唇が「好き」と動く前に、


「本当にごめん。栄口。俺、どうかしてた。ごめんな」


阿部が謝罪を繰り返した。



(なんで、謝るの?)

(阿部は、後悔してるの?)


ぽろ、っと涙が出た。


「うわ、泣くなって……。俺が悪かったから。もうしないから」


拝むように謝ってくる阿部……。

無理やりキスされた訳じゃないのに、泣くなんてなんて俺は卑怯なのかも知れなかった。


「もう……しない?」

「しないって。誓うから。……なんか、こう……そう、流せれちまって。友達になにしてんだ、俺」

「う…っ」


なんで……そんなこと言うんだよ。


「だから、泣くなって。なぁ、怒んないで、これからも友達でいてくれよ」


いつも強気な目が困りきって俺を見てた。


「俺、お前とずっと友達でいたいから、頼むからさっきのことは忘れてくれって」

「……分かった。ずっと友達でいる」



必死で涙をこらえて、なんとか笑った。

恋心を自覚したとたん失恋した俺は、他になんて答えたら良かったんだ。
 

 
そして、片想いな相手とずっと友達でいるということはなんて難しいのだろう――。



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