long・水栄


□仮初めの恋人 4
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阿部と二度目キスをしたのは、梅雨に入って間もないころ。


雨が続いてグラウンドが使えなくなると、筋トレと校内ランだけで練習を早めに終えることが多かった。

投球練習できない三橋は雨が降るたび萎れていって、そんな三橋に阿部はイラついて乱暴な口をきくから、俺は二人から目が離せなかった。

三橋は野球が――投げることが大好きで、そのための努力を惜しまない奴だった。

俺だって野球は好きだし、練習も真面目にするけど、三橋を見てると『努力する才能』というのは本当にあるんだと実感した。

三橋は俺たちのチームのエースで、大事な仲間だった。



だけど、俺の中には嫉妬や打算があって……。


「栄口くん、あり、がと」


阿部から庇ってもらっってると思っている三橋に礼を言われるたび、俺は嫌な人間になっていく気がする。

違うんだ、俺は。

俺の知らないところで阿部と三橋の距離が縮まっていくのが嫌なだけなんだーー。


"いい人ぶるなよ栄口"って、いっそ誰か言ってくれ。





無理してるな、って分かってた。



友達の顔で無理して笑って野球してた。





「栄口がしたい無理ならしたらいいし、したくない無理ならしなくていいよ」


合宿所からの帰りのバスの中で、水谷に言われた言葉を思い出す。






自分のしてる無理が、

したくてしてる無理なのか、

したくないのにしてる無理なのか、





分からなかった。







その日も雨が降っていて、


部室に残っていたのは部誌を書いてる俺と、鍵当番の阿部だけだった。


「お前、もうすぐ誕生日なんだって?」


ぶっきらぼうな阿部の声。

視線を上げて見ると、頬杖ついて、明後日の方を向いていた。


「そうだよ、明後日が誕生日。なんで知ってるの?」

「水谷が言ってた」


ああ、誕生日より前に梅雨入り宣言されたら負けたような気がする、って話しをしたな。

梅雨になっても、栄口は俺の心の太陽だから平気!とか、水谷はわけ分かんないこと言ってた。

阿部とは違った意味で日本語に不自由してるよな、あいつ。


「………ある?」

「え、なに?」


よく聞き取れなくて聞き返すと、チッと舌打ちされた。

俺にそんな態度見せるなんて珍しい。


「なんか欲しいもんあるって、聞いたんだよ」


ようやく俺を見た顔はふてくされたような、でもホントは照れた顔。


「阿部が……俺になんかくれるの?」

「んだよ。さっきから、そー言ってんじゃねぇかよ」


お前、最近元気ねぇし。って、小さく付け加えられて、俺はことさら明るい声を出した。


「わー、珍しいね。普段は飴玉一個くれない阿部がそんなこと言うなんて、こりゃ、明日も雨だ。投げられなくて三橋が泣くね」

「うるせー。俺は水谷みたいに飴玉配り歩く趣味はねぇんだよ。それに、三橋は関係ないだろ」







そうだね、三橋は関係ないね。






ここには、阿部と俺の二人きり。






春休みの二人だけの野球部みたい。







戻れるかな。





戻りたいと願うなら。




「あるよ、欲しいもの」

「なに?言っとくけど、高いものは無理だぞ」

「……キス」

「は?」

「キスしたい、阿部と」

「………」

「友達同士でキスしたって悪いことないだろ。阿部だって、俺にしたんだから、今度は俺からキスしたい。15歳のうちに。でないと負けたみたいでイヤだ」


肩を竦めて言ったら、なんとか気を取り直した阿部が、力なく言い返してきた。


「お前……。何だよ、その負けず嫌いは」

「はは。男だからね、俺だって。やられっぱなしって訳にはいかないから。――で、阿部のキスは高くて無理なの?……あぁ、でも俺のキスのほうが高かったんじゃない?」


あの春雷の日のことを持ち出すと阿部は黙った。



なんで今さらって思ってる?


何もかも忘れて、友達でいようって言ったのにって?



忘れてないよ、俺は――。


ずっとずっと、もう一度、阿部とキスしたいって思っていたよ。


ほら、いくよって、阿部の唇に唇を重ねた。


触れるだけ………なんてものじゃない、舌を絡めるキスをしてやった。



「っ、さかえぐち……」



あのときと同じ低い声で名前を呼ばれて………




でも、その漆黒の瞳にもう俺は映っていなかったのに――。



気づかないまま、阿部と何度もキスを交わした雨の季節。



キスだけで済まなくなっていって、でも……梅雨明けと同時にあっけなく終わった、部室での秘め事。





水谷……、



無理なんてするものじゃないね。





どこかで何かが壊れてしまうんだ。

 

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