short・ 阿栄
□春はすぐそこ
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『う…ん。でも、もう少しだけ……』
説得されかけて、でもまだ迷ってる。
「さかえぐち」
『――分かった。帰るよ』
「お前、なんだってそんなに豆にこだわってるんだよ」
『別にこだわってなんか――』
「ゆうと」
理由を聞いたからどうなるものでもないが、知りたい、と思った。
栄口を突き動かすものの正体を。
『……只、母さんが年中行事を大切にする人だったから――、
毎年、節分には仏前に豆を供えてるだけ……』
少し高めの声が微かに掠れて震えて聞こえるのは気のせいだろうか。
鬼は外、福は内と家族揃って豆まきしてた。
ある日を境にいなくなってしまった人が、
生きていたら食べるであろう豆の数を、
どんな想いで栄口は数えるんだろう。
"俺、豆嫌いだし。節分とか興味ないし"
(大事な思い出を踏みにじるようなこと言っちまった……)
「栄口。お前、今どこに居んの?」
『駅前のコンビニの前だけど』
「俺も一緒に豆探す。今から行くからそこで待ってろ」
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