∽NOVELS∽

□the LONG KISS
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どこにもいかないで。
ずっと、俺だけの君でいて。



【the LONG KISS】



チャイムを押すと、すぐに扉が開いた。
ぎょろりとした目が嬉しそうに出迎える。
「おお、なんやウエンツ。結局来たんか。」
「なんですか今田さん、その言い方!せっかく来たのに。」
「徹平君は?約束ええの?」
「いいっす。大丈夫です。」
「あ、そうなん?まあ入れや。」
「おじゃましまぁす!」


玄関を上がると、先に宴を始めていた芸人連中が快く迎えてくれた。食卓にはおいしそうに煮え立った鍋が一つ、二つ、三つ。
今田は瑛士を座らせると、キッチンへ向かいながら言った。
「お前は、泡盛でええか?」
「いや、一杯めはビールで。ああ、俺やりますよ。」
一度ついた席を立ち、瑛士はそそくさと今田の後を追う。
「気ぃ遣うなやあ。俺ん家なんやから。」
「いやいや、やらして下さいよ兄さん。」
つられておかしな関西弁のイントネーションで答えると、それを聞いた今田が軽く頭をはたいた。二人の間に笑いが漏れる。
瑛士はビールを受け取ると、笑顔を崩さずに席へ戻った。



大の男が何人も集まれば、鍋なんてあっという間に底が見えてしまう。そうなると、後は酒を飲むばかりだ。瑛士は先輩芸人達と「笑い」について熱く語っていたのだが、一人、また一人とつぶれていく。
そろそろ場がまったりしてきた頃、瑛士は最近覚えた泡盛をちびちび嘗めながら、隣にいた今田に質問を投げかけた。
「今田さん、男に好きって言われたらどう思います?」
次の瞬間、瑛士の顔に今田の噴出した泡盛が浴びせられた。
「うわ、汚ねえ!」
「お前、何やねん急に。」
酒を噴いたまましかめていた顔が、ふと真剣になった。しかし、肌は上気し目はよどみ、それはもう見るからに酔っ払いの顔だ。
「…言われたんか。」
「え?」
「そうかあ、やっぱ来るわなあ、そんな綺麗な顔しとったら。」
「は?」
「…で、誰や。」
「いや、勘違いしないで下さいよ!そういうんじゃないですから。」
「なんや、違うんかい。」
「違いますよ。」
つまらなそうな顔を浮かべる今田をやわらかく睨みつけ、瑛士は続けた。
「ほら、俺、テレビとかでよく徹平に言うじゃないですか。」
「ああ、言うてるねえ。」
「…気持ち悪いからやめろって言われたんすよね、昨日。」
「もしかして、それで喧嘩して今日約束ぽしゃったんか。」
小さくうなずき、少しずつなめていた酒をぐびりとあおる。
「公然と嘘つかれるのが嫌だって。思いつめた顔で言うんですよ。」
「なるほど、あの子らしいな。」
「そんなに嫌だったのかあ、って思って。なんか俺なりに一生懸命なのに、そんな風に言われてショックで。まあ、逆ギレして出てきちゃったんですけど。あ、でもね、ちゃんと仲直りプランはあるんですよ、俺的に。」
「お前、あの子大好きやもんなあ。」
今田の思わぬ返答に、瑛士はまるで心外だとでも言うように目を見開き、オーバーな身振りで答えた。
「いや、やめてくださいよ、ホントに俺もそういうつもりはないんで。あれはああいうメディア戦略にのっとってやってるんですから。」
「ほんまかあ?」
「え?」
「あんなに可愛い子が四六時中そばにおったらお前、俺やったら絶対間違い起こすで。」
「や、やめてくださいよちょっと!徹平に手出したら怒りますよマジで!」
「ほらあ。大好きやぁん、自分。」
「だからね、徹平は大事な相方として、」
「いやあもう俺から見たら、それは恋やで。恋。あー、ええなあ。俺もそんなトキメキほしいわあ。」
「…もう話にならんわ。」
酔っ払いにまじめに相談した自分が馬鹿だった。瑛士は手元のグラスを飲み干し、鞄を手に取った。
「帰るんかあ?」
もはや呂律の回らぬ今田を尻目に立ち上がり、手元の時計を少し大げさに見る。
「すいません、もう終電近いんで、お先に失礼します。」
「泊まってってもええぞ。」
「明日朝イチなんすよ。ホントすいません、おじゃましました。」
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