∽NOVELS∽

□sweet smell
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ガチャリと音を立て、バスルームの扉が勢いよく開いた。
タオルで頭をわしわしと拭きながら、下着を一枚着けただけの瑛士が部屋に入ってくる。
「ふー。」
瑛士はタオルを肩にかけると、ベッドの上でテレビを見ている徹平の隣に腰掛けた。
相変わらず、勝手に人の家の風呂に入るこの男。
徹平は半ばあきれながら言った。
「服着なよ。風邪ひくよ。」
「んー。」
なんとも気のない返事。
瑛士はタオルをおいてのっそりと立ち上がると、部屋の中を物色し始めた。
濡れたタオルをベッドに置かれ、徹平は口元を少しだけむっとさせる。何かにかけようとキョロキョロしていると、開いたままのロッカーからTシャツを取り出して頭からかぶる瑛士が目に入った。
「おおい、俺のかよっ。」
こんなマイペースなこいつに笑って突っ込んであげられるのは、やっぱりなんだかんだ気を許している証拠なんだろうな、と思う。
「んー。」
しかし返ってきたのは、またもや、気のない返事。
自分の思考の世界に入り込むと、瑛士はいつも言葉少なになる。
「またネタ考えてたん?」
「…聞こえた?」
「聞こえない。」
「あっそ。」
同じく勝手に徹平のバスケットパンツを履き、瑛士は再び徹平の横に座った。
瑛士の動きに合わせて、甘い香りがふわりと徹平の鼻をくすぐる。
「瑛ちゃん、いいにおいする。」
それを聞いて、瑛士があきれたように笑った。
「お前のシャンプーだろ。」
「人から匂ってくるのはまた違うの。」
「なんだそれ。」
「いいにおい。」
徹平は、鼻の頭を瑛士の髪にくっつけて匂いをかいだ。
急に近くなった距離に、瑛士は思わず、体を徹平とは反対の方向によける。
「おい、ふんふんするなよ!」
「ええやん。」
「犬か、お前は。」
瑛士はなんだかくすぐったい気持ちになり、ベッドから降りて直に床に座った。
「ねーねー犬といえばオザ君元気?」
「元気元気。」
相変わらず、投げやりな言い方。
一向に自分に興味を示さない瑛士に、徹平がしびれを切らした。
「もー、瑛ちゃんテンション低いよ。」
「うるさい。考え事してんの俺は。黙ってろ。」
「じゃあ帰ればいいやん。何しにきたの。」
瑛士は少し上を向いて考えてから、やはり気持ちのこもらぬ声で言った。
「あれだよ。おまえの顔見にきたんだよ。」
「見てねえし。」
適当な言い訳に、徹平が拗ねたような物言いで答える。
すると、瑛士がぐい、と顔をこちらに向けて、徹平を凝視しだした。
少しの時間、透き通った目に視線を絡めとられ、徹平は少し戸惑った。
「…何?」
「見てんだよ、顔を。」
「…うん。」
徹平がきょとんとしていると、瑛士は急に真剣な眼差しで身を乗り出し、徹平の顔を覗き込んだ。
「…あれだな。お前はやっぱりかわいいな。」
徹平にとっては言われ慣れた言葉だったが、この男にこんなに真面目に言われると、なんだか今更ながら照れる。
「なんやそれ。きもちわる。」
「かわいいよ、お前は。うん、かわいい。」
照れ隠しに、少し茶化そうと思った。
「惚れる?」
瑛士は当然のようにのってきた。
「惚れる惚れる。」
「…嘘くさ。」
徹平は苦笑しながら、視線を瑛士からテレビへと移した。
しばらくそのまま、垂れ流される胡散臭い通販番組を眺める。もう夜も深い。
そろそろ寝ようかと考える徹平の横顔を、しかしまだ瑛士は見つめたままでいた。
視界のはしっこで感づいていた徹平は、ゆっくりと首を動かし、再び瑛士を見る。
「…何や。」
視線を戻され、瑛士は少しびっくりしたようだった。けれど、そのまま目をそらすことなく彼は言った。
「いやあ、改めて見るとさ、ほんとにかわいいよなお前。」
まだそのネタを引きずるのかと、徹平は少しむずがゆい気持ちになった。
「やめてや、うれしくないわ可愛いとか。」
しかし、瑛士はあくまで真面目に言葉を返してくる。
「いやまじで。おれちょっと今ときめいた。」
「ええー。」
「もうね、マジでちょっと、キスしたい。」
そこで初めて、瑛士の口元が緩む。
「また。いいよそれはもう。テレビじゃないんやから。」
「いや、これはね、ほんとマジで思う。思ってた。ずっと。」
「うそやあ。」
「出会った頃から。」
声に笑いが混じる。言った後で、瑛士は小さく噴出した。
「笑ってるやん!」
あほくさ、と、二人の力の抜けた笑いが重なった。
下らないけれど、こんなやりとりが心地いいと、徹平は思う。
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