∽NOVELS∽

□ビター
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やさしい人がタイプ。
テレビで、ラジオで、雑誌で幾度となく、当たり障りのないよう答えてきた。
けれど実際はそうでもなかった。
もちろんやさしいに越したことはないけれど、そもそも「やさしい人」がどんな人なのかが分からない。
…分からなかったけど。
君に出会って、やさしさってこういうことかって、知った。



【ビター】



角を曲がると、満開の桜並木が続いていた。
「うわあ、すげえ!」
徹平は少し枯れた声で、控えめに歓喜の声をあげた。
肩を並べて歩いていた瑛士が、青いダウンのポケットに手を突っ込んだまま、肩で肩を軽く小突いた。
「あんまり声張るな。ひどくなる。」
「うん。でも、すげえ。」
「すげえな。」
「うん。」
これでもか、というくらい桜が咲き乱れているのに、今日は真冬のように寒かった。
季節の変わり目はつらい。ちょっとした気の緩みが、すぐに体調に表れる。
今朝目が覚めたとき、マズいなと思った。喉がイガイガして、思うように声が出ない。
朝食をとってのどを温めたら少しよくなったが、それでも明らかに本調子ではなかった。
出先に向かう今も、一向に回復の兆しは見えていない。
「あ、あー。んん!」
軽く声をならしたが、喉に何かが引っかかっているような違和感に、小さく咳払いをした。
「起きた時よりは大分マシんなったな。」
「うーん。気になる?この声。」
「いや。お前もともとハスキーだし、わかんねえよ。大丈夫じゃん。」
「かなあ。」
「あんましゃべんな。」
「ん。」
舞い散る花びらの中を歩いている途中、景色に不似合いなコンビニエンスストアの看板が見えた。
急に、瑛士が立ち止まった。
「お前、ちょっと待ってろ。」
「え?」
言い終わらないうちに、瑛士は店へ駆けていってしまった。
買い物ならいつも現地の店でするのに。
電車の時間が気になって、徹平はポケットから携帯電話を取り出して開いた。
まだ少し、余裕がある。
ディスプレイに映る自分と瑛士の写真に一瞬口元が緩んで、つい周りを見回した。
すぐに、瑛士が店から出てきた。
手に小さいビニール袋を提げている。
「ほら。」
そう言って、袋から取り出した小さな箱を徹平に手渡した。
「あ、飴ちゃんや。」
薬用ののど飴だった。いかにも効きそうなパッケージ。
「舐めとけ。」
瑛士の気遣いが心のそこから嬉しくて、笑顔がこぼれそうになる。
「ありがとう。」
「で、俺は、これ。」
嬉しそうにそう言って瑛士が取り出したのは、懐かしい「サクマドロップス」の缶だった。
「ああ、いいな!」
「だめだ。お前はそっち。」
「俺もそれがいい。」
「だめ。薬用舐めとけ。」
「それがいい!」
「…じゃあ、一個先にそれ舐めろ。そしたらやるから。」
「やった!」
「だからあんましゃべんな。」
「はい。」
二人は歩きながら、それぞれ箱を開け、缶を開け、飴玉を口に含んだ。
「何味やった?」
「んー、何だこれ。レモン?黄色いし。パインじゃねえし。」
「いいな。」
「お前のだってちゃんと、チェリー味だっけ?だろ?」
「うん。結構うまい。」
瑛士は開けたままの缶に人差し指を突っ込んで、中を探った。
「あ、ハッカみっけ。お前これがいいか。スースーするし。」
「ええ、嫌や。普通のがいい。」
「普通のってなんだよ。」
ちょっと呆れて笑いながら、まだ中を探り続ける。
「何味探してんの?」
「ちょっと待っとけ。」
「うん。」
素直に言うことを聞いて、待った。口の中のチェリー味がどんどん小さくなっていく。
瑛士の探っていた指が、止まった。
「あった!」
「え?」
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