∽NOVELS∽

□雨と湯気と吐息の湿度(※)
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なんとなく。
…なんとなく、戯れる。



【雨と湯気と吐息の湿度】



その夜の始まり。
突然、雨に降られた。
帰り道の途中、傘は持っていない。自宅のマンションまで走っても5分以上はかかる。
「…最悪や。」
徹平はポツリとつぶやき、仕方なく鞄を頭に乗せて走り出した。
降り出して間もなく、滝のような豪雨になった。一瞬空に閃光が瞬き、少し遅れて鈍い雷音が鳴り響く。しばらく待てば止む雨だ。けれどあたりは住宅街で、雨宿りできそうな場所はない。
なんて、間の悪い。
あいつじゃあるまいし。
けれどこんなときは、雨が降っても傘もささずケロリとしてるあいつに、無性に隣にいて欲しい。
体に纏わりつく濡れた服の重みから早く逃れたくて、徹平は更に足を速めた。

マンションにたどり着いたころには、全身そのまま水に浸かったかのようなひどい有様だった。
へばりついたポケットから鍵を取り出し、戸を開けて中に入る。
雨はいまだ衰えず、扉を閉めた室内でもザーザーと音が響いていた。
とりあえず、シャワーを浴びよう。
お湯も溜めて、体を温めないと。
暗い室内に独り、ずぶ濡れの自分。なんだかとても情けなくて、虚しい。
徹平は濡れた靴を脱いで玄関に立てかけると、床がなるべく濡れないように爪先立ちで歩きながら、浴室に通じる洗面所のドアを開けた。
すると、なぜか雨の音が大きくなった。
「…あれ?」
いや。違う。
このザーザーいう音は、雨じゃない。
…まさか。
曇りガラスのむこうは、電気がついていた。そこに、白い影がうごめいている。
徹平は、勢いよく浴室のドアを開けた。
「…!」
そこにいたのは、やっぱり瑛士だった。
小さなプラスチックの椅子に座って、こちらに真っ白な背中を向けて頭を洗っている。
雨に濡れて重かった気分が、途端に晴れていくのを感じた。
「瑛ちゃん!?」
名前を呼ばれ、瑛士はクルリと首をこちらに向けた。明るい瞳が大きく見開く。
「わ、びっくりした。」
「いや、こっちがびっくりしたわ。」
「おかえり。」
「何してんの。」
瑛士はまったく悪びれるそぶりを見せず、徹平を見たまま再びシャワーで頭を洗い出した。
「…風呂入ってんだよ。」
「見りゃ分かるよ。何で俺んちの風呂入ってんの。」
「お前、今日お前んちで練習しようって言ったじゃんかよ。」
シャンプーを流し終えて、キュッとシャワーの栓を締める。
ノイズが消え、徹平はやっと落ち着きを取り戻してきた。
「え。今日だっけ。」
「今日だよ。…何。忘れてたの。」
「今日だっけ?いやでもなんで風呂入ってんの。」
「お前が全然帰ってこないからだろ。もう寝ようと思って入ったんだよ。」
「あー、ごめん。」
最近、忙しさに加えて不規則な時間帯の生活に、徹平の日付の感覚はすっかり狂ってしまっていた。
けれど、瑛士もそれを十分わかっている。
それ以上徹平を責めたてようとはしなかった。
「つーか何それ。お前なんでそんなびしょびしょなの。」
「これ、雨。急に降ってきたの。すっごいよ、外。」
瑛士は再び徹平に背を向けると、タオルにボディシャンプーを落としながら言った。
「入れば?」
「え?」
「風呂。溜めといたぞ。」
浴槽に目をやると、少し開いた蓋の下に、確かに湯が張られている。
あまりの勝手さに、徹平は少し笑った。
そんな身勝手が、今は心地いい。
「溜めといだぞって。瑛ちゃんが勝手にためてんやん。」
「いいから入っとけ。」
徹平は瑛士の滑らかな白い背中に目を落とた。
なんだか、気が引ける。
「…瑛ちゃん出てからでいいよ。狭いし。」
「風邪引くだろ。早くそれ脱げ。入れ。」
けれど瑛士の言うとおりで、体はすでに芯まで冷え切っている。
一刻も早くベタつく衣服を剥ぎ取り、体を温めるべきだった。
「…うん。」
徹平は小さく頷くと、服を脱ぎ始めた。
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