∽NOVELS∽

□Temperature
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不器用な、初恋みたいに。
ちょっとずつ、君に触れていく。



【Temperature】



ふわふわと、やわらかい毛が頬に触れている。
くすぐったい。
「…へへ。」
へなへなした笑いが口から勝手に漏れた。
軽く指で触れて、少し撫でてやる。
すると今度は、その毛の持ち主がペロペロと頬を舐めてきた。
まったく、甘えん坊だな。
「やめろよお、てっぺえ…。」
気の抜けた声。
自分のこえじゃ、ないみたい。
「こらあ、ぺろぺろすんな…。」
とは言ったものの、されるがまま放っておいた。
しばらくして、舐め続けていた舌が頬から離れた。
ああ、残念。
ほんとはもうちょっと、そのまましてて欲しかったんだけど。
口元はたぶんニヤけたままだ。
「てっぺい…?」
探る手が空をきる。
「…えいちゃん。」
耳元で声が聞こえた。
なんだ、まだすぐそこにいるのか。
ああ、なんだか心地いい。
このまま、もう少し…。
このまま…。

「瑛ちゃん!」
「!」
頭の上から降ってきた声が、瑛士のまどろみを一気に吹き飛ばした。
目を開けて見上げると、猫を両手に抱えて顔を真っ赤にしている徹平がいた。
腕の中の猫が、にゃああ、と鳴きながら手足をばたつかせている。
「…ああ。」
「俺じゃない。にゃんこ!」
徹平は恥ずかしそうに言って、そっと猫を枕元に戻した。
自由を取り戻した猫が、また瑛士の頬をちろちろと舐めだす。
その頭を撫でながら、瑛士は徹平に優しく笑いかけた。
「…おはよう。」
少し眉をしかめていた徹平の顔が、すぐにふっと、同じように微笑んだ。
「…うん、おはよう。」
いつもどおりの朝なのに、なんだか無性に照れくさかった。

いや、「いつもどおり」じゃ、ないか。



昨夜、やっと気持ちが通じて、つぶれそうになるくらい抱きしめあって、その後ふたりで犬の散歩に出かけた。
シャワーを浴びたばかりの徹平はなんだかいいにおいがして、道の途中で何度も抱きしめたくなった。
けれど嫌がられてもナンだし、だから、我慢ガマン。
その代わり、リードを持っていない方の手をジーンズでごしごしと拭いて、ちょっとだけ差し出した。
「…手、つないでいい?」
あさっての方向を向きながら、そう言った。
徹平がこっちを見ても、目を合わせずに。
すこし間をおいて、徹平が突然噴き出した。
「ぶっ、ははは!」
「…おい、笑うなよ!恥ずかしいんだから!」
「だって、えへ、え、瑛ちゃん、ちゅ、中学生みたい、いっひひ!」
「おまえが、だって、触るなとか言うからだろ!」
「は、はずかしい〜っひひひ!」
あまりにも大げさに笑うので、瑛士はすぐにそれが照れ隠しであることに気づいた。
「いいから。」
笑い続ける徹平の手を、無理やり取って握った。
ぴたりと、徹平の笑いが止まった。
そして、瑛氏よりも強く握り返してきた。
二人とも、蒸気が上がりそうなほどに顔を真っ赤にしながら、そのまま言葉を交わさず歩き続けた。

なんか、本当に中学生みたいだ。

帰ってきてからもお互い浮き足立ったままだったので、とりあえず場をつなぐために曲を作ることにした。
徹平は、瑛士が思いついたフレーズをとても気に入ってくれた。
そして、繰り返し繰り返しその曲を瑛士のギターで引き続けて、

…あれ?

瑛士の昨夜の記憶はそこまでだった。
どうやら、途中で眠ってしまったらしい。
まだ重たいまぶたをこすりながら、瑛士はゆっくりと体を起こした。
徹平はというと、床に座り込んで昨夜と同じようにギターを弾いている。
「…おまえ、いつ寝たの?」
徹平が、くりっ、とこちらに顔を向けた。
もう、そんなしぐさのひとつひとつに胸がきゅんとなる。

…だから、胸キュンとかってさ、いいかげんほんとに思春期じゃないんだから。

徹平は、これまた照れくさそうに笑った。
「…寝てない。」
「…え?」
「なんか、嬉しすぎて眠れんかった。」
えへへ、と笑って、またギターを弾きだした。
瑛士の耳が、かっと熱くなった。



…もう、いいや。中学生で。
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