∽NOVELS∽

□閉ざされる(※)
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言えない。
言ってはいけない。
そうでしょ?
分かったよ。お前がそう、望むなら。



【閉ざされる】



ガタン、ゴトン。
ゆらり、ゆらゆら。
心地よい揺れが徹平の眠気を誘う。
目の奥がじんわりとぼやけて、白く霞がかったその先に、またあの光景が浮かんでくる。
ああ、そう、これは湯気だ。その向こうにあるのは、湿った滑らかな白肌、伏せられた長い睫毛、熱い息の漏れる真っ赤なくちびる。
壊れたビデオテープのように同じ場面を何べんも、時には早送りで、時にはスローモーションで。
そうしてお前の胸に体を預けて、そのまま、そのまま、
…そのまま夢の中に溺れそうになったところで、キイッと音を立てて揺れが止まった。
とたんに意識が引きずり戻される。
はっと顔を上げ、あまり混み合っていない車内を見回して、思わず頬を押さえた。少し熱い。
火照っているかな?ヘンじゃないかな?
さっきから、その繰り返し。
郊外でのドラマ撮影の帰りに、電車に乗った。
少し長い道のり。疲れ切った体を椅子に落とすと、すぐに眠りが訪れた。
けれど浅い眠りに夢はつきもので、目を閉じるたび、脳裏にあの映像が映し出される。雨に降られたあの日、あいつと、風呂場で二人。
もう、10日以上前のことだろうか?それ以来、あまり思い出さないようにしてきた。たまに気を抜いたとき、ふと降ってきたように思い出すことがあったけれど、すぐにぶんぶんと頭を振ってかき消した。
あれからずっと、瑛士とは二人きりで会っていない。現場で会う彼はいつもとまったく変わらないし、だから自分もなるべく意識せずに接した。
そりゃあそうだ、だってあんなの、なかったことにしなきゃやってられない。
なんとなく魔がさしただけ。ただの気まぐれ。軽い気持ちで行き過ぎればいい。
変わらない、日常。

でも、だったら、たまに感じる言いようのないじれったさはなんだろう?

いま、この車内で途切れ途切れに見る夢によって、それは水を含んだ綿のようにじっとりと質量を増していく。
目を、閉じなければいいのに。
そうすれば、見なくてすむのに。
―仕方がない、疲れているし、眠いのだ。そう言い聞かせて、また走り出した電車の揺れにまかせて目を閉じる。
少しずつ、少しずつ。忘れたつもりでいたあの光景が蘇る。いや、忘れていたんじゃない。思い出さなかったようにしていただけで。
自分は、こんなにも鮮明に覚えている。
そうしてまた、溺れそうになる。

次に目が覚めたとき、電車は見慣れた駅に止まっていた。
瑛士の家の最寄り駅。
まだ夢心地な頭のまま、その夢のせいで膨らんだもどかしさに引っ張られるように、徹平は立ち上がった。
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