∽NOVELS∽

□sweet smell
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そうして微笑んでいる徹平の表情を見て、瑛士はまた真顔になった。
胸の奥でかすかに生まれた、好奇心。
「どんな感じかな。」
「…え?」
「俺結構、いける気がするんだよね。」
「なにが。」
瑛士は再びベッドに座りなおすと、改まって徹平に向き直った。
「…ね、一回だけ。一回だけチューさせて。」
突然のお願いに、徹平は思わず身を引いた。
大きな目がこれでもか、というほど開く。
「…はあ!?」
「だめ?」
「当たり前やん!何言ってんの!?」
「いいじゃん男同士だし。」
「意味が分からん。男同士だからだめなんでしょ?」
「なんか、しがらみとかないじゃん?」
「それも意味わからんし。」
瑛士がむちゃくちゃなことを言うものだから、それがおかしくて思わず笑ってしまう。
「一回だけ。ね?一回だけでいいから。」
手のひらを合わせてわざとらしく懇願する瑛士の頭を、哲兵はけたけたと笑いながら小さくはたいた。
「いーやーやー。」
「いいじゃん!チュッて、一瞬だけ!一瞬だから!」
突然、瑛士が手を伸ばして徹平の肩をつかんだ。徹平の体がびくりと反応する。
笑顔が、強張った。
「…ね、本気で言ってんの?」
瑛士の顔が、ニヤリと笑う。
「かぁなり本気。」
「ええー!」
「ね、ね。」
「ちょっと、マジ無理やって。やあだあ!」
徹平は瑛士の腕から逃れようと後ずさった。しかし、間もなく壁に背中がぶつかり、あっけなく捕獲されてしまう。
「瑛ちゃん、待って!マジで、な?な?」
つかんでいた腕を払いのければ、今度はもう片方の腕がその手をつかんでくる。
足をばたつかせて抵抗しようとするが、瑛士の体が上にのしかかってきて意味を成さない。
「はい動かない!ほら、じっとして!」
「ひー!」
それでもまだ笑いながら、きゃあきゃあと抵抗を続けていたのだが、とうとう完
全に組み敷かれてしまった。
瑛士の顔が鼻先にまで近づいている。
二人は、目を合わせたまま固まった。
わずかな距離の間に、またあのシャンプーの香りが漂う。それが先ほどよりも甘く感じられ、徹平は無性にどぎまぎした。
そのうえ目の前の淡い緑色の瞳がやけに真剣で、徹平は、思わずギュッと目を閉じた。
「…!」

―しばしの沈黙。

それを破ったのは、
「ぐふっ。」
瑛士のなんとも間抜けな笑いだった。
こらえていたのか勢いよく噴出したので、息とともに唾が徹平の顔にかかる。
「うわっ!きったね!」
瑛士はのそりと徹平の上から降りた。
「だめだわ、笑える、やっぱり。」
拍子抜けの言葉に、徹平の体からみるみる力が抜けていく。
「なんやねんもー、無駄にドキドキしたやん。」
「つーかお前もっとちゃんと抵抗しろよ。こっちが恥ずかしくなったわ。」
「えー、だって、瑛ちゃんがしたいって言うからでしょ。」
「お前はおれがしたいって言ったらなんでも聞くのか。」
「…結構、聞いてるほう、じゃない?」
徹平は、頬をむうっと膨らませて上目遣いで瑛士を見た。
そのしぐさが妙にかわいらしくて、瑛士の中で一度掻き消えた好奇心が、再びひょっこりと芽生える。
「…じゃあほんとにしていいの?」
瑛士がシメた、とでも言うように口角を上げたものだから、徹平は狙われた獲物のような気分になり、さっと背を向けた。
「やっぱやだ。」
しかし瑛士はすでに腰を浮かし、身を乗り出していた。
「……してやるっ!」
そう言うと、背を向けた徹平の肩を両手でつかみ、無理やりこちらに向けた。
「やあっはは!やだ!いやあ!」
徹平は相変わらず笑いながら、しかし全身で抵抗する。
「チューしてやる!このやろっ!」
「だめえー!」
顔をぐいぐいと近づけてくる瑛士を精一杯押さえつける徹平。二人はよく分からない奇声を上げながら、ばたばたとベッドの上で乱闘を繰り広げた。
ふと、ほんの一瞬。
徹平が顔を瑛士に向けたまま、力を緩めた。
瑛士は相変わらず顔を近づけようと躍起になったままだ。

―そうなると、結果はもちろん。
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