∽NOVELS∽

□Phrase
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俺は、振り回されているのか?



人気のない夜道を二人、手の触れない距離で、並んで歩く。
あの夜、二人は互いの気持ちを確かめるように、ベッドの上で何度も何度もキスをした。
それなのに、その後徹平は、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。
それだけではない。寧ろこれまで以上に、よそよそしい態度をとるようになった。
その割に、かわいらしい事なんかを言ってみたりして。

何考えてるの?
顔に似合わず、俺のこと弄んでるの?

『瑛ちゃんの事、めっちゃ好きやねん』

妖しい月明かりの中、恍惚に満ちた顔で言ったその言葉を思い出すたび、瑛士はからだの奥がじんじんと熱くなり、何も考えられなくなるというのに。

−ねえ徹平。
あれは何だったの。
本当に、ハカナイ夢だったの?

ふと、徹平が口を開いた。
「瑛ちゃん。」
自分の考えていたことを悟られたかと、瑛士の心臓が跳ね上がった。
「え?」
「…今日、泊まってくんだよね?」
「まあ、とっくに電車ないからね。」
「…そやね。」
言いづらそうに、二人とも前を向いたまま言葉を交わす。
ついこの間まで、君はあんなに見つめてくれていたのに。
「帰ったほうがいい?」
「いや、そんなこと、ない。」
徹平が慌てて瑛士の方を向いた。
瑛士もつられて徹平を見る。
すると、徹平はふいに目を逸らした。

気に食わない。

しびれをきらした瑛士は、突然、徹平の腕を少し乱暴に掴んだ。
今まで触れないようにしていた分、徹平は余計にビクリと体を震わせた。
瑛士は徹平から視線を外す事なく言った。
「何、それ。」
「何って、何が。」
徹平は俯いたまま答えた。
「なんで避けるの、俺を。」
「…避けてへん。」
「避けてるだろ。」
「避けてへんて。」
「後悔してんの?」
やっと、徹平が顔を上げた。

否定してくれ。

しかし何も言わず、その眼は明らかに怯えている。
それがなんだかとても理不尽に感じて、瑛士の語調が荒くなっていく。
「お前が言ったんだろ。」
瑛士は、徹平が避け続けていたあの夜の事を、もどかしさとともに吐き出した。
徹平の弱々しい表情が瑛士を刺激して、もっともっと、追い詰めたくて、思わず言葉が捩曲げられる。
「お前、好きって言ったよな、俺のこと。だから俺、キスしたんだからな。」

違う。
−違わない。

「お前が、俺の手握ったから、だから、あんなことに、なったんだろ。」

そうだ。
−違うよ。

きっかけは、確かに徹平だった。瑛士は想いを自分の胸にだけしまっておこうと、胸に決めていたのだから。
それでも、その想いは紛れも無くそこにあった。
徹平を抱きしめたい。
徹平にキスしたい。
徹平が、好きで、好きで、好きで…。
あの夜、瑛士はその欲望を自ら吐き出したに過ぎない。
けれどそれは言葉にはならなかった。
してやるもんかと思った。
今は、徹平のその不可解な態度をただ、責めたかった。
徹平は沈黙したまま、また長い睫毛を少し伏せて、視線を外した。
そして、
「…ごめん。」
とだけ、掠れた声で呟いた。
瑛士の胸の奥に、大きな鉛の塊が、落ちた
「何が、ごめん。」
「わからん。けど…ごめん。」
そのまま問い詰めても、無駄だと思った。こうなった徹平からは、もはや望む答えを導き出すことが不可能だと、瑛士はわかっていた。
けれど、その時徹平の腕をつかむ力を緩めたのはそれだけじゃない。
もう、その愛らしい顔が切なさに歪むのが、いたたまれなくて仕方が無かったから。
「やっぱ俺帰るわ。」
「え?」
「俺いない方がいいでしょ。」
「そんなことない!」
「じゃあなんで、俺をそんな顔で見んの?」
「…。」
言葉に詰まった徹平の腕を放し、瑛士は踵を返した。
「瑛ちゃん!」
後ろから引き止める声に振り向きたくてたまらなかったけれど、そんな気持もすべて押し込んで、瑛士は足早に去った。
一人残された徹平は、それを追うでもなく、先を急ぐでもなく、ただ立ち尽くしていた。
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