∽NOVELS∽

□Temperature
2ページ/5ページ




なんでもないことも、さりげない日常も、全てがトクベツになった。
君の表情の一つ一つ、君の声も何もかも、胸がじんわりと痺れて体温が上がる。
これ以上君に触れたら、どうなってしまうんだろう?





しかし、そんな心配は無用だった。

「…え、北九州、ですか?」

触れるどころではない。
二人の会う機会はどんどん減っていった。
瑛士は多くのレギュラーを抱え、更に舞い込んだ主演映画の撮影で、九州と東京を行ったりきたり。
徹平はドラマの撮影で、ほぼ毎日、一日中拘束されている。
電話すらまともに出来ない忙しさの中、瑛士は悶々とした日々を過ごしていた。
もちろん仕事で充実しているというのは願ってもないことだし、このまま順調に続けていきたいと思っているのだけれど。
始まったばかりの二人にとっては、2週間会えないだけでも遠く引き裂かれたように感じた。

「…会いたいなあ。」
夜、東京へ向かう新幹線の中で瑛士は小さくつぶやいた。
「誰に。」
隣に座っていたマネージャーが、すかさず口を挟んだ。
思わずもらしていた言葉に、瑛士は少し慌てた。
「え、ああ、いや別に。」
「…気持ちは分かるけど、大事な時なんだから。会うなら会うで目立たないようにしろ。」
「違いますよ。」
「え?」
「徹平に、会いたいなあって。」
「…そういうことにしといてやるよ。」
しといてやるよも何も、そういうことなんだけど。
けれどもしそれが公になったら、女性スキャンダルなんかよりよっぽど致命的に思える。
報われない想いに、瑛士はすこし虚しくなった。
「…会わないと、まともに曲作りも出来ないんで。」
言い訳をして、ごまかした。他人の目も、自分の心に巣食う切なさも。
「会うだけなら、明日会えるよ。」
マネージャーの言葉に、瑛士の心臓が小さく跳ねた。
「…え。」
「明日になったよ。次の『雨ニモ』の収録。」
初めての二人でのレギュラー番組。
会う機会が多くなると内心喜んでいたのだけれど、実際は一度に複数回収録を行うため、そうそう頻繁にスタジオで顔を合わせられるわけでもなかった。
次はいつになるのだろうと、丁度やきもきしていたところだったのだ。
「まじっすか。」
「前回と同じ2回撮り。明日じゃないと、お前らスケジュール合わないからさ。さすがに曲作りする余裕はないけど。」
会えるだけでいい。
あいつの温度を近くに感じられるだけで。
「夜中だからつらいかも知れないけど、ちょっと頑張ってよ。」
とんでもない。
近づいてくる東京が、俄然楽しみになった。






翌日、東京。
朝から弾む心を抑えながら、瑛士は分刻みで仕事をこなしていった。
バラエティの収録に雑誌の取材と、全て絶好の笑顔で乗り切り、評判も上々。
全て順調に終わり、本日最後の収録番組の楽屋には、予定の11時半よりもだいぶ早く到着した。
徹平、早く来ないかな。
気持ちが焦る。
時計は10時をとうに過ぎていた。けれど徹平はドラマの撮影後にやってくるはずだから、おそらくぎりぎりになるだろう。
あまりそわそわしても仕方がない。
時間をつぶすため、楽屋に備え付けられているテレビをつけた。
映し出される、白っぽい画面。
「…!」
瑛士は一瞬で、そのブラウン管に釘付けになった。
隣にいたマネージャーが、テレビを覗き込む。
「ああ、医龍か。」
画面の上で、めがねをかけて白衣をまとった徹平がオドオドと動き回っていた。
不意打ちのような登場に思わず胸が高鳴ったけれど、その箱の中の徹平に、瑛士は少しだけ違和感を覚えた。
「…痩せましたね、徹平。」
「ちょっとなあ。ちゃんと食ってるとは言ってたけど、心配だよ。」
シャープになったと言えば聞こえはいいけれど、以前にも何度か食べずに体を壊したことのある徹平だから、なおさら心配になる。
役の頼りなさも相まって、最後まで心許ない気持ちで見てしまった。
これがすべて役作りだとしたら、アイツは天才だ。
徹平が画面から消え、それでもやっぱり物足りない気分になったそのとき。
楽屋の外で、バタバタと大きな足音が聞こえた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ