∽NOVELS∽

□閉ざされる(※)
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駅を出て、とりあえずメールを送ってみた。
『終電で寝ぼけて、間違えて降りちゃった(;^_^A これから瑛ちゃんち行ってもいい?』
送った後で、わざとらしい言い訳だなと少し後悔した。
返信を待たずに歩き出したが、道の途中なかなかメールは返ってこない。何度も何度も携帯電話を開くが、ちっとも鳴る気配はない。
余計にもどかしくなったけれど、不思議と引き返そうという気持ちは起きなかった。
ただまっすぐに瑛士の家へ向かう。
マンションについてエレベーターに乗っている間もしきりに電話を気にしていたが、やっぱり瑛士の声が届くことはなかった。
玄関の前に立ち、一回だけインターホンを押す。
反応はない。
「瑛ちゃん。」
中に絶対聞こえないと分かっていながら、小さな声で名前を呼んでみた。

気づいてほしいけど、気づいてほしくない。

おれは、どうしたいんだろう。

二回目のインターホンを押そうとして、やめた。
立ち去ろうとしたけれど、もう一度だけ携帯電話を開いてみた。
着信なし。
電話してみようか。
でも、なんて言っていいか分からない。

おれは、なにがしたいんだろう。

しばらく玄関の前で立ち往生を続けていると、突然後方でエレベーターの開く音が聞こえた。
マンションの住人だろうか。
つい焦って、ドアに対面したまま首をすくめた。余計に不審者っぽいなと思いながらも、それ以外どうすることもできなかった。
気配がこちらに近づいてくる。
何をやましい気持ちになる必要があるんだろう。自分はここの家主の友人で、玄関の前で彼を待っている。それだけなのに、この後ろめたさはなんだろう。
気にしないで、通り過ぎてくれ。
しかしスニーカーの柔らかい足音は、徹平の真後ろでピタリと止まった。
「徹平?」
耳をくすぐられるような声。
驚いて振り向くと、そこには瑛士が立っていた。
向こうも少しびっくりした表情で徹平を見ている。
「何してんの?」
徹平は慌てて言葉を探したが、おかしな言い訳がぐるぐる頭をめぐってまともな答えにならない。
「あー、…おかえり。」
「ただいま。」
それだけ言って、また口ごもってしまった。
「いや、だからどうしたんだって。」
瑛士がごそごそとポケットを探り出した。おそらく鍵を探しているのだろう。
「メール、送ってんけど。」
おそるおそる、徹平が言った。
「メール?」
「うん。」
「ああ、俺いま携帯の電池切れてるわ。」
それを聞いて、徹平は何故か少しだけほっとした。
「…おれさあ、電車で寝ぼけて、間違えて降りちゃったんだよね。」
「で、うち来たの?」
「うん。」
「アッホやな、お前。」
胡散臭い関西弁で、瑛士が笑いながら言った。
「へへ。」
徹平も、笑って答えた。
そのまま何も言わず、瑛士はドアの鍵を取り出した。
瑛士が帰ってきて、軽口を叩きながらも笑ってくれて、なんの躊躇いもなく自然に部屋に入れてくれる。
それだけで、無性にうれしい。
けれど、瑛士が自分の横に立ったとき、ふわりと甘いにおいが鼻を掠めた。
人工的な、鼻をつく香り。

女物の、香水?

鼻を通って、それが肺をじわじわと蝕んでいくような感覚に襲われた。むかむかして、何かがこみ上げてくる。
うつむく徹平をよそに、瑛士がガチャリとドアを開けた。
「ほら、入れ。」
徹平が顔を上げると、いつもの無愛想な顔がそこにあった。
「…うん。」
なんだか胸のむかつきが気持ち悪くて、すぐにでもそこから立ち去りたい気分だった。

おれは、どうしたいんだろう。

けれど促されるままに、徹平は瑛士の部屋に足を踏み入れた。
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