04*09

□あの時の小さな旋律を聞いていたなら、貴方は今、ココにはいないでしょう?
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死。それはとても身近なもの。故に意識する事を自然と止めてしまうもの。
だからかもしれない。だから、僕は、貴方と一緒にいる事を心から望んで、心から拒絶した。そうしなければ僕は、この幸せな気分のまま逝く事になるから。
そんな事はできないし、何より自分が許さない。

 久し振りに行った検査では、僕に対して非常な現実を告知した。
「青空君…。君はね…君は、君の、余命はあとわずかしかない。」
躊躇するように、しかし、しっかりと言った医師の言葉には、一切の偽りもなかった。
 
 子供の頃から身体が弱かった僕は、寝たきりの生活を強いられたため、外に出た事は一度もなかった。
ピアノ以外何もない部屋にあるベッドで、朝夜関係なく眠っていた。
誰も入ってこない。誰も僕を気にかけない。そんな部屋に僕はただただ眠っていた。
 
 ある日、大分気分が良くなって、ピアノに触れてみた。
一つの鍵盤を押すと一つの音をそこから奏でる。それを繰り返すうちに、僕の気分はとても楽になった。なんとなくそのまま、指を動かす。
よく誰かが家内でピアノを弾いていたのを、僕は遠くの意識で聞いていたため、ボンヤリと音を思い出すことが出来た。
「ポロロン」
なんとなくという感じで、楽譜なしで、いつかの旋律を奏でてみる。
そうして永遠のように弾いていた。元々弾き始めた時間が遅かったためかもう時計の針は11:00を廻っていた、がそんなこと気にもせずに弾いた。
 あの頃から僕は、いつかの音を思い出しながらピアノを弾いた。今思えば、この音に気付く人が現れてくれると言う願いを込めて弾いていたのだと思う。
 
 月日が過ぎ、きっと高校生くらいになったであろう今でも僕は、病に身体を蝕まれたままだった。
結局体調は未だ、良くなる兆しを見せないらしい。だから、あの頃と同じように、今日も、という感じで、その日もピアノを弾こうと思ってベッドから降りようと身体を動かそうとした。
その時だ。瞬間、僕は今の状況が飲み込めず、訳の分からない状態に怯えた。
ー息が出来ないー
朝までは別に普通だったのに。
そう声に出そうとしたが、無理に吸い込んだ酸素により逆流し、咳き込んでしまった。
(どうしよう。どうしよう。怖い。怖い。怖い。)
喉を押さえて、必死に声を出して家の人間を呼ぼうとしたが、すぐに咽てしまい、一向に声が出せない。辺りには僕の周りを取り巻く白々しい空気と、黒い黒いピアノがあるのみ。そしてそのピアノは一筋の太陽の光を浴びてきらきら輝いていた。
(僕はココで死ぬのだろうか。)
遠のきそうになる意識のどこかでそう思う。どんなに自分が頑張っても、努力しても、出した、声にならない声は誰にも届かない。
(ココで死ぬのもいいかもしれません。ですが−…)
(一つだけ願いが叶うのならば−…)
(もう一度。あの音を、いつかの旋律を聞きたかったですね…-)
願いなんてもの前までの自分にはなかったものだ。望んだとしても、それは叶わない事でしかない。だったら、最初から願わない。それが僕の信ずるところだったからだ。これは一種の、悔いと呼ばれるものだろう。
別に何時、自分が死のうと、悔いなど残らないと思っていた。それは、崩れる事のない絶対条件だったと思ったのに…−
 気がつけば流れていた涙は、久しく流していないもの。
 遠のきそうな意識を限界が来て僕が手放した時、僕は何処にいるのでしょうか?
そう思いながら呻き倒れる僕はどれ程滑稽な事だろうか。
 息がまともに出来ないため思考が停止した僕の頭には、あの日の旋律と、遠くで聞こえる誰かの声が渦巻いていた。

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