04*09

□カゲロウデイズ
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何回目だっただろう。もう何十年も続いている。さっさと終わればいいのに。

8月15日の午後12時半。
俺は颯斗と近くの公園で話していた。
「付き合ってから、もう1年経ったんですね」
そう颯斗は言いながら、自分に寄ってきた黒猫を撫でた。
黒猫はグルグルと気持ちよさそうに鳴いて颯斗にされるがままになっていた。
「本当だな。あの時も、こんな暑い日だったな。蝉が煩く泣き喚いてたの覚えてら。」
「ええ。本当はこんな日に付き合いたくなかったんですけどね。」
そう言いながら、颯斗は微笑みながら猫を撫でる。
「ん?なんでだ?」
「夏が嫌いだからです。」
颯斗はキッパリとそう呟いた。
俺にはそんな颯斗がとても綺麗に見えた。
颯斗は儚く美しいという感じがする。
それには俺も同意する。
だけど、そういった美しさよりも俺は自分の気持ちをストレートに伝える、気高い美しさの方が俺は好きだ。
綺麗と思える。
だから俺は颯斗にキスをしようとした。
そんな時だ。
先程までは颯斗に従順だった黒猫が唐突に颯斗を振り切り飛び出していってしまった。
「あ。」
その黒猫を颯斗は何かの衝動に駆られたかのように追いかけた。
俺もそれに続くように追いかけた。
追いかけようと一歩足を踏み出した。
「――――」
目の前に広がったのは赤い飛沫。
不協和音を轟かせて通り過ぎたトラックは颯斗を引き摺って、また新たな不協和音を掻き鳴らす。
目の前に広がる赤色と、先程まで漂っていた颯斗の香りとが混ざり合ってむせ返った。

この光景は嘘だ。

そう思ったはずなのに、俺の周りを悠々と飛ぶ陽炎は「嘘じゃないぞ」って嗤っていた。
それがとても恨めしくて、俺は立ち尽くした。



目を覚ました。
煩い蝉の音と共にアラームが鳴り響く。
「今、何時だ?」
俺は自分の携帯に表示されている時間と日付を見た。

『8月14日12時20分』


俺は朝飯もそこそこに家を飛び出した。
歩いている途中にふと気がついた。
不思議な夢を見ていたと。
今日の夢は昨日の映像。
黒猫、トラック、上がる血飛沫

思い出すと急に気分が悪くなった。
「今日はもう帰るか…。」
そう言って俺は道に抜けた。
前を向くと颯斗がいるのに気がついた。
「おーい!!颯…」
愛しい人に手を振った。
彼も俺を見てくれた。
笑った。
そう思った。

「―――」

どこからともなく落下してきた鉄柱が彼を貫いて突き刺さる。
劈くような悲鳴と煩い蝉の鳴き声が俺の耳を貫いた。
落下した鉄柱が引き起こした風が、どこかの家にある鉛の風鈴を鳴らして響かせ、空気を振動させた。
オカシイナ。コンナコト望ンデナイ。
その惨状から目をそらそうと俺は自分の両手で全てを拒絶した。
拒絶する前に見えたのはワザトラシイ陽炎の嗤い顔と愛しい人の血にまみれた素顔。
嗤っている陽炎は「夢じゃない」ことを象徴としていて。
愛しい颯斗は、どこか穏やかに笑っている気がして、俺を愛していることを象徴していた。




どこかで俺は知っていた。
繰り返される日々が全て眩んで、その全てが陽炎によって奪われていたこと。
もうとっくに俺は知っている。
この結末は一つだけ。
二つもない。たった一つだ。

−アノ繰り返サレル夏ノ日ノ向コウニ見エル笑ミハ誰ノモノ?−








8月15日の12時半。

颯斗が目の前で笑っている。
猫が生きている。
颯斗が生きている。

猫は飛び出した。
自分の運命に沿って。

俺は飛び出した。
自分の運命に逆らって。

颯斗を押しのけて飛び込んだ。
何十年と見た広がる赤色に違ったものを感じた。
何十年と見た広がる痛みに違ったものを感じた。
いつもの赤色は、自分のものではなかった。
いつもの痛みは、直に感じるものではなかった。

嗚呼、でもこれでよかった。

颯斗は生きている。
運命は変わった。
不満げな陽炎に「ざまぁみろよ」って笑ってやった。
スカッとした時に見た最期は颯斗の顔。
それは、何十年と繰り返した14日と15日には見たこともない、泣きそうな顔。
 オカシイナ。俺ノシタコトハ合ッテルハズナノニ。
ナンデ最期ニ見ル颯斗ノ顔ガコンナニモ泣キソウナノダロウカ。

笑ってほしかった。
せめて最期は。
最期だけは。
俺は、颯斗に笑ってほしかった。
笑う顔が見たかっ−…


繰り返された夏の日の
何かが終わった今日の昼。
陽炎は、舞い散った。




8月14日。

「また駄目だったよ」
そう言いながら俺は猫を抱え込んだ。

「俺、馬鹿だな。最期に颯斗の笑う顔がみたいって望んだ。」

アイツノ最期ニシカ、アイツノ笑顔ハ見レナイトイウノニ。






――――――――――――――ーー
久々の更新です。
今後の更新はmemoを参照ください。

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