NOVEL!

□耳かき
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 燦々、燦々。
 箱庭に透き通る。
 太陽――即ち天照大神は絶好調だ。まだあの天岩戸で「開けないでよ」と籠城しているかどうかは別として、何はともあれ健康なご様子。未来は明るいであろう。
 陽光の恩寵を賜らんとするのは、物干し竿に磔られた猫又のドロワーズ、立派な青竹を夢見る、まだ蕗の薹のように小さい筍、それから磨かれた銀色のナイフなどなかなか多数だ。光を反射する鋭利なナイフは、緑色の帽子を被る赤髪の門番の額に突き刺さっている。門番はそれでも幸せそうな面持ちで腕を組み、「じゃおぉぉ〜……うへへ、うへへへへ」と口の端から涎をぽとり、ぽとりと零していた。一体、彼女はなんの夢を見ているのだろう。
 無論、太陽の恩恵は生命や湿っぽい物だけに非ず。
 見渡す限りを埋め尽くす太陽の愛娘――向日葵のコロニー。数ある花の中でひなたぼっここそに存在意義を求めている気高き花々。誰よりも『日』を愛しているという既成事実は、その向『日』葵という名前が示唆していた。
 風見幽香は花が好き。故にこの《太陽の畑》には愛着がある。両手で包むように日傘の柄を持ちながら、土を固めただけの簡易な道をぶらぶらと歩き、己の両脇を占領する美しい太陽の愛娘を鑑賞していた。これはもはや、彼女にとって日課だった。
 今日は頗る暑いわね、と幽香は額に滲み出た汗を片手の甲で拭う。ホック代わりの黄色いネックスカーフは既に除き、白いブラウスの第一ボタンさえはだけさせていた。それぐらい蒸し暑いのだ。
 みーん、みーんと蝉が歌う。今頃氷精は「全自動かき氷機ーー!!」と普通の魔法使い(黒歴史ア☆リ)や楽園の巫女(最近は暑いからか腋どころか腕まで露出してやがる)に追われているだろう。ご愁傷様だ。
「まあ、かき氷は美味しいわよね……特にメロン」
 くぅ、と可愛い音が鳴る。幽香は少し頬を赤らめた。
 最強の妖怪だの、サディストだの、クリーチャーだの色々と別称に定評のある彼女だが、やはり人型で見た目は女の子なのだ。お腹だって空くし、美味しいものを求める欲が確かにある。
 お散歩はこれまでにして、何か食べましょう。そう幽香は焦らずのんびり、向日葵達に見送られながら優雅に出口へと歩を進ませる。蚊が喉元に度々止まってくるのがうざったい。蟲の統率者はいかんせん未熟なようだ。
 歩いて、歩いて、歩いて――そろそろ出口。
「ローズヒップティー、早く飲みたいな」
 うふ、と唇を綻ばせる緑髪の美女。
 歩いて、歩いて、歩いて――畳んだ日傘の先端を目にも留まらぬ速さで背後へと突き付けた。
「ッ!」
 かしゃん、と何かが落ち、壊れた音。
「あまり、私を舐めない方がいいわ。足は遅いかも知れないけど、それ以外にはそれなりに自信があるわよ」
 日傘の尖った先端、その目と鼻の先に捉えられたのは愚者の眉間。ひと突きもすれば射抜ける。即死など生易しいほどの損傷を幽香は即座に与えれるのだ。
 かたかた、と震えるのは、これまた可愛らしい少女だった。白いシャツによく似合う黒のスクエアタイ、黒と紫色のチェックのミニスカート、ウェーブの掛かった栗色の頭髪を紫色のリボンで二つに分け、ツートップで垂らした髪型は外の世界で『ツインテール』と呼ばれており、その頭の天辺には小さな紫色の頭襟をちょこんと乗せている。その尖ったようなエルフのような耳から、彼女が人間ではないことが一目瞭然だ。
 しまった――と姫海(どう)はたては自分の思い切った行動、そしてこんな所にまで乗り出した自分の軽率さを今更ながら悔やんだ。唐突に感づかれた所為で足元に落とし、壊してしまったカメラ付きの携帯電話――その砕けたディスプレイの破片に反射した陽光が、彼女お気に入りのハイソックスを撫で上げていた。
 彼女が新聞社員として受け持つ新聞こと『花果子念報』だが、最近はいまいち雲行きが芳しくなかった。ライバルである射命丸文の『文々。新聞』に少しずつだが確実に引き離されている。例えるなら『花果子念報』が亀で、『文々。新聞』は徐々にペースを取り戻していく兎だった。いずれ兎は亀を置いて、己の四肢を巧みに操りフルスピードで丘まで駆け上がっていくわけだ。
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