NOVEL!

□響け、奏でられなくとも
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 それの基盤は、なんと父親の事業を崩壊させた元凶――マジックアイテムだった。それは円形の大きな絨毯であり、中央には六芒星の魔法陣がでかでかと描かれている。なんでもこれは中世に悪魔を召喚するべくサバトで用いられた曰く付きの呪われた代物であり、これを巧く扱おうとして父親は失敗し、悲劇の幕を開けてしまった。
 少女はこれの正しい使い方を古代書物から苦労の末に解き明かした。
 そして、ひとつの仮説も立てれた。この召喚装置は〈一方通行〉ではない。悪魔を召喚するほか、〈送還する〉ことも可能である。更に、これが悪魔〈だけ〉を召喚、送還するとは限らない。正しく扱えば人間でも充分に適用する。
 少女は本で読んだことがある。この世界の他にも別の世界――所謂異世界は数多く存在する。悪魔が住まう魔界も、そのほんの一種である――など。
 姉さんが居ない世界なんて要らない。少女はこの世界に希望を捨て、新たな世界に旅立つことを父親に訴えた。転送の到着先が例え、魔界しかなくても、お父さまとならどこにでも行ける――と。
 家族の為。その目標を失った父親は娘の提案に乗った。事業も爵位も、家族の為の必需品だった。それが意味を失くした今、彼に未練はなかった。


 Ω Ω Ω Ω Ω


 父子の屋敷の薄暗い地下室。
 そこで、マジックアイテムによる送還――即ち旅立ちの儀式が決行される。
 といっても、このアイテムは悪魔を呼ぶ為に使われた呪われしパンドラの箱。起動には代償が不可欠であり、それは少女と父親が協力して、調達した。六芒星の魔法陣の上に、それは〈縛られて〉捧げられている。
 でっぷりと太った、男が二人。彼らは少女の父親から娘を預かった貴族であり、その娘を散々弄んだ挙げ句に売り飛ばした人間の風上にも置けぬ屑である。今も縄をほどけと豚のように喚いている。
 代償。
 それは生きた人の血と、肉と、魂。
 その三位一体を捧げることにより、初めてパンドラの箱は開かれる。闇の宴(サバト)は倫理を徹底的に嫌っていた。禁忌にこそ超越があるのだと、誇らしげな記述が少女の調べた文献に記されていた。
 復讐には、ぴったりだった。この屑どもは、腐っても人間。血、肉、魂。総てが揃えられた、完全な人間。
 だからただでは殺さず、利用する。この世界の戒律など、この世界を捨てようとしている父子には関係ない。禁忌の重みなど嘲笑える。
 憎むべき二人の男は簡単に捕まった。少女が美貌で誑かし、外に連れ出した後に父親が拉致する。これを二回だけ。捜索願いが出されようが無意味。その前に少女と父親、そしてこの二人は、ここから居なくなってしまうのだから。
 復讐に燃える父子に情け、そして躊躇などありはしない。これ以上顔も見たくなかったから、彼らは準備が整い次第装置を起動させた。
 連なる悲鳴と、終わりなき憎悪。
 奏でられたのは、絶叫だけで織り成された、汚いレクイエム。


 Ω Ω Ω Ω Ω


 どこかは知らぬ。未開の平野。そこが鬱蒼とした森のとある広場だと、窓の外に犇めく樹林が教えてくれていた。
 儀式は成功だ。屋敷ごと、父子はこの大地――幻想郷へと辿り着いた。
 ただ……ひとつ。ひとつの不運さえなければハッピーエンド。そして輝かしい再出発が当然だった、筈なのに。
 散らかった地下室。
 それはまるで竜巻の大打撃に直接襲われたような、惨状。儀式は瞬時の出来事だった。しかし、その僅かな最中、この地下室も含めた屋敷は、竜巻と地震に挟み撃ちされたかのような震動、衝撃の荒波に揉まれ、少女も父親もずっと床に伏せていた。立っていられないほどに強い揺れだったのだ。
 戸棚や飾りが散らばって荒廃した部屋の中央、父子と屋敷を転送した絨毯の魔法陣には、〈何もなかった〉。貴族二人は〈通行料〉として、まるでジッパーを広げたような次元の狭間に取り込まれ、消えてしまった。衣服だけを残して。
 そんなのはどうでもいい。あの貴族は消耗品。使い捨てて終わりだ。
 しかし、こっちはそうも行かない。父親は倒れていた。細身の柱に、背後から押し倒されて。
 地下室を支える一本の支柱が震動に耐えられず、根元が砕けてしまった。それはまるでドミノのように、力を失い手折れてしまう。その先には少女が居た。父親は少女を突き飛ばし、代わりに柱を背中から受け止めたのだ。
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