鏡花水月

□桜月B
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 丑三つ時を過ぎた頃、七日ぶりにその部屋の主が帰ってきた。

 主が障子を閉め、暫くして着替え始める。
 するりするりと落ちていく袴や着物。それをそのままにして、主は着流しを着始めた。

「烝さん、入っていいよ。」
「相変わらず気配に敏いな。」

 男が呼ばれて、障子を開ける。
 部屋の主は髪を下ろし、脱ぎ捨てた着物を軽く畳んでいた。

「お勤め、ご苦労様。」
「ありがとう。」

 烝と呼ばれた男は手に持った盆を置き、茶を差し出した。


 山崎 烝は先程、自分の休憩にと茶を淹れに台所へ赴いた。その時、何者かが動く微かな気配がしたのだ。

 気配は一つ。こんな真夜中、花街へ遊びに行ったもの以外の隊士はもうほとんど寝ている。
 不審に思い、気配を消して後をつけた。

 後ろ姿を見ると、見知ったものだった。いやしかし、その人は任務中のはずだ。
 ちょうど角を曲がった時、顔が少しだけ見えた。

 近藤 京。

 それから台所へ戻り、二人分の茶を淹れて京の部屋へ来たのだった。


「案外、短かったな。君の任務はいつも長期だから、今回も最低半月はいないのかと思っていた。」

 山崎が口を開く。
 京は湯呑みを両手で握った。

「何、潜入先に以前知り合った人がいたものだから、ね。」

 それだけ聞けば、何が言いたいのかわかった。

「長期間居れば、流石に気づかれるやもしれんな。」

 一口含む。

「その分仕事が難しかった。いつもは長期戦だから、馴染むまでは余り手を出さないのだけれども、そういう訳にもいかなくて。」

 京は苦笑していた。本人にとってあまり良い成果はあげられなかったのだろう。

 暫く、一服する。
 深夜の静けさが際立った。

「馳走になった、私が片付けておこう。」
「いや構わない。これから土方副長のもとへ向かわねばならないだろう、君は。」

 京が盆を引き寄せようと手を伸ばすと、山崎に断られた。山崎の発言に苦虫を噛み潰したような顔をする。

「忘れていた。」
「だろうと思ってな。行ってこい。」
「ああ。」

 一つ、大きな溜息をついて出て行った。
 
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