花鳥風月
□イノウエくんとキサキさん
1ページ/2ページ
今年の夏は暑い。年々暑くなっていく気がする。
もうすぐ秋になるというのに、日中の太陽は堂々と自分達を見下ろしていた。まだ、蝉が鳴いている。
「ちっくしょー…あちぃ。」
教室の窓際、日陰になる一番後ろの席で団扇を扇ぐ男子生徒。半袖のYシャツの前を開き、下に着るタンクトップをひっぱりながら風を送っていた。
「イノウエうるさい。さっきからそればっかりじゃん。暑い暑い言わないでよ余計暑くなるっつの暑苦しい。」
「オメーのが言ってんじゃねぇかキサキィ。」
隣にいた女子が眉間にシワを寄せて非難する。少々口が悪いが、いつものことだ。クラスの誰も気にしない。
「つーかマジ暑い。こんな時に限ってエアコンぶっ壊れてるとか有り得ねぇよ…。」
うがぁ、と意味のわからない声を上げて机にうなだれる井上を一瞥して、城崎はため息をついた。
黒板を見る。白いチョークで大きく、自習の文字。監督の教師はこの暑い中、パイプ椅子に座ってうたた寝している。お気に入りの、両親から誕生日に買って貰った腕時計は、正午を少し過ぎていた。
「イノウエ。」
「あ?」
机にうなだれたまま首だけ上げた井上。
「あげる。」
「痛っ」
ハンドタオルにくるまれた保冷剤が井上の額にクリーンヒットして、机に落ちる。
「ナニ、これ。」
「保冷剤。お弁当に入れてたんだよ、傷むから。ソレあげるから、あと10分そこで死んでて。」
「死んでろって酷い…。まあいっか、サンキュー。」
首の後ろに保冷剤を乗せて、そのまま机に伏せる。そんな井上を見て、城崎はちょっと笑った。
あと10分で、チャイムがなる。
目の前の数学のプリントは、一問だけ空欄になっていた。
「証明とか、マジでムリ…。」
9月下旬の災難
受験生の夏はまだまだ暑い。