オケアノスの都
□第六章 双頭竜の刻印
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不穏な空気を抱えたままヴァニス共和国も、謝肉祭の時期を迎える。
この謝肉祭は大いに飲み食べて、節制の時期と厳しい冬を乗り越えてゆく英気を養うというものだが。
ヴァニスの人々の活気が一番盛り上がるのも、この頃である。
特に、ヴァニスの謝肉祭は近隣の他国の者たちも、見物に来るくらい大きいものだけに海軍も忙しい。
普段より気を張り詰めないといけないし、何よりもフランキスカ王国との緊張が、高まっているから万が一に元首に何かあれば、国も混乱するのは間違いないのである。
「 この時期に近づくと、どこも賑やかだけれど、ヴァニスは特に 」
「 そうなのか? 」
「 うん。何というか……国と人が一体感になる感じで 」
そう返したアンサラーの腰には、白銀の見事な飾り模様が刻まれた鞘に納まる短剣が、日差しで煌めく。
アゾットより造り直されたアロンダイト家の紋章が入っていた短剣。
紋章は削られその代わりに、フェニックスの意匠が施されている。
それが再び、アンサラーの手元へ戻ってくると感慨深い思いが、沸いてくるのだ。
(……何だかんだで、私は……)
祖国のジェノヴェアに思いを馳せるのは、アロンダイト家の者という自覚で他ならない。
(何だろう)
政敵の血筋が入り、愛情らしい愛情を受けていなかったのに、遠く離れてしまっている自分の国や家を懐かしくなってくる。
「 アンサラー? 」
「 クラウソラス、短剣をありがとう 」
急に礼を述べられクラウソラスは、照れ臭そうにそっぽを向く。
「 別に礼を言うものではないだろ 」
「 うん。けれど、私と家と繋ぐものだしね。不思議なものだよ。あれ程に家というものを、快く思わなかったのに 」
それを聞いてクラウソラスは、ふっと微笑む。
その笑みにアンサラーの心が高鳴った。
自分との関係が、日に日に深くなり肉体だけでなく魂までもが、一つになる錯覚さえ覚える。
それだけでなく昨夜の事まで、アンサラーは思い出してしまい、頬を赤く染めて顔を伏せるのだ。
アンサラーの表情にクラウソラスも、ドキリとしてくるがちょうどゴンドラが聖ミケーレ広場へ着いたので、クラウソラスはほっとする様な安堵を覚えつつ、ゴンドラから降りたのだ。
二人は海軍総司令官のウルカヌスの召集に応じて、海軍庁舎へやって来たのである。
庁舎へ入るとクラウソラスは、顔をしかめた。
「 あ…… 」
アンサラーも気づき、前からやって来る人物へ会釈をするのだ。
総司令官に次いで実質的な命令を下すのは、海軍提督の役目な為、この事態で一番、出会う率が多くなるのは当たり前であるが。
「 見るからに、不機嫌な表情を浮かべないでくれたまえ。クラウソラス殿 」
「 グンナー。お前こそ、目下の俺に敬称をつけて名を呼ぶな 」
「 ……それで、クラウソラスが敬称をしないとかは……ないと思うけど 」
アンサラーが、ため息混じりで呟く。