自分自身は羅針盤のない船の様なものだと思う。
潮の流れに身を任すしかない、哀れな船だと。
(ジェノヴェアを出発をして三週間か。まだ、着かないとは、意外に遠いものだな)
甲板に出て海原をぼぉっと眺めつつアンサラーは、ため息を吐き出す。
アンサラーはジェノヴェアでも指折りの名門貴族で、遊学の為にノーグマにある大学へ向かっている最中であった。
しかし、遊学なんて口実である。
実際は態のいい、追放に等しいものだ。
(思えば、こんな顔や体格で生まれたのが、原因なのかもしれない)
細く華奢な体格、その肌は白くて、まるで貴族の娘だと嘲笑われた。
細面の顔立ち、猫毛の様にしなやかで長めの金髪、深い蒼の瞳がある目も切れ上がり、キュッと締まった唇。このアンサラーの美貌を女の様だと嘲笑われた。
思い出したらアンサラーの心に、ムカッとした怒りが湧く。
(そんなにも、嘲笑わなくとも!)
と、そんなアンサラーへ魔の手が忍び寄る。
臀部の肉をギュッと、掴まれたのだ。
「ひっ!?」
驚いて声を上げアンサラーは、慌てて振り返る。
そこには長身の男が立っており、赤みを帯びた茶色の髪、端正な顔立ちだが、アンサラーの容姿とは違い男性的で羨ましいものを抱かせる。
体格も同じ細身なのに腕を見れば、引き締まった筋肉なのが見てわかった。
「何てか、触り心地のいい尻だな」
「ふ……ふざけるな」
その言葉にカッと頭へ血が上り男へ向けて、殴りかかってゆくも。
悠々と躱わされ腕を掴まえられて、船体の縁へと追い詰められる。
「 う……っ! 」
バンッと壁へ身体を押しつけられ、間近にある男の顔を見つめるはめとなった。
男の碧色の瞳に、自分の顔が映り込む。
口元に笑みが浮かぶ、この男の名はクラウソラスと言って、船の客で同じ船室の者だ。
「俺は、褒めてやったんだぜ」
「……男に触られて、悦ぶか!!」
「それにしても、触り心地がいいな。本当に」
クラウソラスがそう言うから、ますますアンサラーは顔を真っ赤となりながら。
「私は、そんな趣味はないからな!」
怒鳴り叫んで言い返す。
クラウソラスは、その様子にため息を吐き出して。
「俺だって、男色趣味などない。冗談に決まってるだろう」
と、今度は呆れた様な目で見つめてくる。
旅は道連れというが、クラウソラスの様な者はあり得ないと、アンサラーは思う。
自分を見つめるクラウソラスを、アンサラーは睨んだ。
「そんな顔をするなよ。美人が台無しだぞ」
「台無しは結構! 大体、貴方は何故、いちいち私に絡む!!」
思えば同じ船室となった時から、こんな調子である。
ジェノヴェアからノーグマに向かう商船へ乗り込むと、すでにクラウソラスが乗っていた。