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□Foolish people who should love
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 ――俺の同僚は、今日もバカだ。
「みんな!! 聞いてくれ!!」
 そう言って警視庁捜査一課・特捜2係に喜色満面で登庁してきたのは、設楽叶(したら・かなう)、三十二歳独身。ルックスはそれなりのインテリ系眼鏡野郎だ。
 血なまぐさい事件を取り扱うことも少なくないこの課で、朝っぱらから挨拶もそこそこに朗報を持ってきたつもりでいる奴に真面目に請け合う奴など、一人しかいない。
「おはようございます、設楽さん。今日はいつにも増してご機嫌ですね」
 うちの紅一点、海道奏が、笑顔でそう応じる。
 非番だったりまだ登庁していない者もいるが、設楽と海道を除いた今いるメンバーは四人。
 そして海道を含めると、設楽は五人中四人に無視された計算になるが、別に仲が悪いわけではない。
 むしろ良いほうだが、設楽の話で、海道以外は決まって無視するものがある。それが、
「海道さん、おはよう! なんとあの京(けい)が、料理くだらないって言わなくなったんだ!!」
 ……これである。
 立花京(たちばな・けい)。
 わけあって設楽が保護者代わりを買って出て、同居している少年だ。
 母子家庭だったが、母親が疾走し、俺たちが保護するまで半年もの間、家の中に放置されていた過去を持つ。
 設楽は彼の境遇を自分の子供の頃と重ね合わせて今に至るのだが、俺たちは最初、猛反対した。
 立花少年の境遇には同情するが、あまり深入りするのは良くないと思ったからだ。
 今でも思い出しては鳥肌の立つ、闇で塗り込められたかのような立花少年の暗い眸は、そのまま彼の心の傷をあらわしているかのようで――
 下手に関わろうものならば、彼はもとより、設楽が傷つくだけだと思ったからだ。
 だが、設楽はそんな周りの反対を押し切って彼を引き取った。
 ……皮肉にも、彼の鼻が事件解決に役立ったことは少なくなく、それじたいは感謝している。
 けれども。
(なんとまあ、親バカになったことか……)
 俺は自分のデスクに頬杖をつきながら、深々とため息を吐いた。
「まあ。良かったですね! 設楽さん!!」
「海道さん……!! ありがとう!! きみなら喜んでくれると思っていたよ!!」
 ……バカップルめ。
 実際は付き合ってはいないが、まあ、要はあれだ。傍からは好きあっているのがバレバレな、じれったいお二人さんなのである。
 ともあれ、設楽の親バカな立花少年の話は俺たちには耳たこで、飽きもせずに聞くのが彼女――海道奏というわけである。
 一年前に野郎ばかりのうちに仲間入りした紅一点、それも気だての良い美人で二十三歳(当時)とくる。
 恋人募集中の野郎でそんな彼女を放っておく者はいなかったが、その頃から設楽に気があるらしいのがわかり、俺はある日、彼女にこんな質問をした。
『海道ちゃんさあ……よく飽きないよね?』
『何がですか?』
『設楽の、立花少年の話だよ。実際、耳たこじゃないの?』
『飽きるだなんて、そんな……だって、私――』
 ――あのときの、彼女の言葉と顔を、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
『設楽さんの笑顔もお話も、すべてが大好きですから』
 照れもせずに、好きなものを好きと言ったに過ぎない、純粋な笑顔に、思わずこっちが照れてしまう始末だった。
 そのときその場にいたのは、非番の設楽を除いた、彼女に気のある全員であり、それ以来、彼女にアタックする者はいなくなった。
(……おかげで不毛な片思いをしているのは俺だけ、ってね)
 唯一にして最大の誤算は、二人がなかなかくっつかないということだ。
 それだけ、設楽にとって立花少年の存在が大きいのだ。……くそ忌ま忌ましいったらない。
 早くしないと海道が行き遅れるだろうがとか、俺も諦めがつかねえだろうがとか――忌々しさの半分はそれであるが。
 もう半分は、これにつきる。
 おまえももう、海道と一緒になって温かい家庭を作って、てめぇのガキの頃は忘れちまえ、ってな。
 ――なあ、設楽。早く気づけよ?
 おまえが立花少年を立ち直らせたところで、おまえの傷が癒えるわけじゃないんだ。
 海道とくっつかないのは、何もおまえが朴念仁だからじゃないってことぐらい、みんな知ってるんだ。
 手を伸ばせば、望めば幸せになれるのに、おまえはなんてバカなんだろうな?
 ――だからこそ俺は、個人的に、立花少年を恨んでいる。
だが今回は、少しだけ見直した思いだ。
 あの立花少年が、料理をくだらないと言わなくなる日がくるとは……一体全体、どういう風の吹き回しかは知らないが、確かにめでたいことではある。
 無視しているようでいて、聞き耳は立てている仲間たちを見回し、俺は心密かに失笑した。
 ――本当に、うちには揃いも揃って、バカばかりだな。
「設楽。その話、長くなりそうだから、今夜おまえの奢りで一杯どうだ?」
 かく言う俺もやっぱりバカで、
「良かったな」
 その言葉を皮切りに、おめでとうと異口同音に言う特捜2係の面々であった。



★おわり★




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アンザイレンさんのサイトからいただいてきました設楽さん夢ですー^o^
もう親バカ素敵!!もう設楽さん!!
ありがとうございます!!



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