fur or fake fur?

□02
1ページ/4ページ



『いいですか、皆さん。

この町屋敷には、本邸同様…その昔、お使えしていた主人に裏切られ、その悲しみから自ら命をたったハウスメイドの亡霊が、今も成仏出来ずに屋敷を徘徊している…という言い伝えがあります。特に、資料室と二階の奥の部屋は、そのハウスメイドの思い入れが強かったせいか、今は亡き主人への復讐を果たそうと、頻繁に彼女の亡霊が姿を表すとか…

くれぐれも、気をつけて下さい?何でも、彼女の亡霊を見た者は、命を奪われてしまうそうですので……』



まったく、冗談じゃない。


fur or fake fur?


3メートルのはしごの上に腰掛け、パタパタと資料室の本にはたきをかけながら、町屋敷に来てすぐの頃、廊下で盗み聞いたあの有能な執事の言葉を思いだし、一人溜め息を吐く。

なるほど、"決してその存在を知られていない、ファントムハイヴ家もう一人のハウスメイドの謎"、のカラクリは、案外単純なもので。

あの有能な執事が、まさか自分で、B級ホラー映画のストーリーのようなものまででっち上げて使用人達の恐怖心を煽り、2階の奥の部屋、資料室等への侵入を防いでいただなんて。(彼等使用人達も、まさかあんな子供騙しのストーリーにまんまと騙され、恐怖心を煽られるなんて!)

しかし、よくよく考えてみれば、単純に見えるこのカラクリには、所謂"保険"の様なものも、きちんとかけられているのだ。

もし仮に、使用人の誰かが私の姿を見てしまってたとしても、誰も私のことを"人"としては認識することはなく、恐らくのところ、"主人に裏切られ、その悲しみから自ら命を絶った、カワイソウなハウスメイドの亡霊"として認識してしまう。

つまり、どちらにしても、

「"その存在は、無き《亡き》ものに"…というわけですか…。」

一人呟いた言葉が、だだっ広い資料室に、思ったよりも静かに溶け、その意味の恐ろしさに今更のように体が震えた。

その存在を見られなくても、また見られてしまったとしても、結局は同じことになるだなんて。

無かったことに、されてしまうだなんて。

「っ…」

それに加えて今朝、いつものように朝食を運んで来てくれた彼の、第一声を思い出す。

『おや、面白い寝癖がついておいでですよ。誰にも会うことがなくとも、女性として、身だしなみぐらいは、気を配ってみてはいかがです?』

「っーーー!!」

ヒトデナシ!アクマ!と、心の中で毒づく。当然の如く、はたきをかけるその手にも、必要以上に力が入る。が、慌ててその手を止めた。

私がこの2年間、一人でも何とかやって来られたのは、資料室に眠る沢山の本のおかげだったからだ。

『屋敷にいる間、資料室は好きに使っていい。』

その代わり、管理は全てお前に任せる。そう言ってくれたのは、当主のシェル坊っちゃんで。ここに来る前から本を読むのが好きだった私に対しての心遣いだろうか、と思ったのを覚えている。

流石、貴族さまのお屋敷。部屋一面、見渡す限りのおびただしい本に愕然として、本の森みたい、と呟いた私に、坊っちゃんは少しだけ笑った。

実際、私はあのお屋敷の資料室をとても気に入っている。今日始めて掃除をしているこの町屋敷の資料室も、私にとってお気に入りの場所となるだろう。こんなふうな、高い所での作業も、割りと好きだったりする。

「ごめんね、手荒くはたいたりして…」

目の前の本にそっと触れる。(本になんて話しかけたことはなかったが、ここに来てからというもの、独り言が増えてしまったのだ!)

そこには、細い金色の英字で『パンチャタントラ』の文字が。

それは、様々な動物が登場する、子供向けのインドの説話集だ。偶然見つけたその説話集に、懐かしさを覚え、思わず手にとってみる。

「そういえば……」

先日、朝食の際に、セバスチャンさんが言っていた言葉をふと思い出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]