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純情なあの子に接する
五つの方法



この度、彼女が出来まして。

良く笑い、良く照れ、良く食べる、私よりも一回り小さな可愛いらしい方です。

出会いはまさかの、偶然歩道でぶつかって私の方から一目惚れ、というベタなアレでして。

連絡先を交換し、何度か逢瀬を重ね、晴れてこの度、というわけで、喜びのあまり、咽び泣く次第でございます。

しかし彼女の口からは、俄には信じ難い言葉が飛び出したのです。

「私、男の人とお付き合いするの、初めてなんです。」

初な彼女を、自分なりに、心底大事に、大事に、していきたい次第で。


STEP2>>電話編


明日の仕込みを終え、店から家に帰り、シャワーを浴びたのは、いつも通り日付が変わった後のことだった。

疲労からか、濡れた髪を拭くことすら億劫で、タオルを首からかけたまましばらくぼんやりしていると、自身の携帯から、深夜には場違いな電子音が響いた。

「っ、」

ディスプレイ上に写し出されたのは、他でもない彼女の名前。普段、彼女からの着信はほとんどない。そんな彼女からの、深夜の着信に、半ば不思議に思いながら逸る鼓動を抑えて、電話をとった。

「もしもし、」

「…あ、もしもし、…アグニ、さん?」

「はい、」

「ごめんなさい、こんな遅くに突然…。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

受話器越しに聞こえる彼女の声は、どこか耳にくすぐったくて。彼女の声を聞いただけで、嘘みたいに胸に広がる安堵と至福の気持ちに、我ながら単純だ、と人知れず苦笑を漏らす。

「…あ、…えっと、…」

緊張しているのだろう、受話器越しに伝わる彼女の戸惑いすら愛しくて、思わず頬が綻ぶのが自分でもはっきりと分かった。

「珍しいですね。」

「え?」

「貴女から、かけてくれるなんて。」

「そう、ですね。」

「何か、ありましたか?」

「…あ、」

彼女につられ、此方まで鼓動が早くなるのを気付かれないよう、なるべくゆっくりと問えば、何やら言葉につまった彼女に首を傾げつつ、彼女の名を呼ぶ。

「…あの、ベランダに出て見て下さい!」

「ベランダ、ですか?」

「はい。」

彼女の言葉に促されるまま、ベランダに出れば、まず真っ先に視界に移ったのは、春の宵に浮かぶ、大きく低い黄金の月。思わず、あぁ、と口の中で驚いた。

「満月だったんですね、今夜は。」

「そうなんですよ!私も、今気がついて。」

「全然気が付きませんでした。」

こんなに大きくて低い月なのに、と呟けば、本当に、と返事が返って来た。

「まん丸で、大きくて、あんなに低くて、山の上にデーンと構えてて…。」

「えぇ。」

「ちょっとノンキでふてぶてしいお月さんだなぁ、って。おかしくなっちゃって。」

「あぁ、なんか分かります。」

彼女の不思議な発想に、思わず笑い声を漏らす。言われてみれば、春の宵に浮かぶその月は、自分の重さによってあんなに低く落ちてきたようにも見えなくもない。

「それで、アグニさんにも、見てほしくて…思わず、」

「そう、でしたか。」

電話してしまいました、と笑う彼女の声は、確かに明るいのだが、なぜだか少しの違和感が胸に残って。しかし、この思いをどう伝えようか、ともて余していれば、受話器越しに彼女が酷く小さな声で、うそ、と呟いた。

「…?」

「…っていうのは、たてまえで…その、」

「?」

暫くの沈黙の後、再び彼女の名を呼ぶと、彼女は、いえ、と言葉を濁した。

「…いや、こうやって好きな人が出来る前は、友達が、昨日突然彼の声聞きたくなって、深夜に電話しちゃったー、なんて話聞いても、またまたぁ、って思ってたんですけどね。」

「?はぁ…、」

「……うん、今は…、」

物凄く、分かる気がします

酷く幸せそうな最後の言葉に、ふと息を飲み、その真意を探り当てようと、口を開いた時、彼女の言葉が、慌てたように私の言葉をかき消した。

「それは…「あ、じ、じゃあ!お疲れなのに、本当にごめんなさい!」

「へ?…い、いえ!それは全然…、あのっ、「そ、それじゃあ、また!おやすみなさい!」

「へ?あ、おやすみ……」


なさい、を待たずに切られた電話に、暫く唖然と耳元で響く無機質な電子音を聞く。その後、溜め息と同時にパタンと携帯を閉じ、フェンスの上に腕を組んで、呆けたように空を仰いだ。

『…っていうのは、たてまえで、…その、』

『…うん、今は…、物凄く、分かる気がします。』


つまりは、声が、聞きたかった、と。

そう、受け取っても良いのだろうか。


「っ、」

思わずカッと顔に熱が集まり、ヘナヘナと力が抜けたようにフェンスの上に組んだ腕に顔を埋める。

彼女の言葉の真意をしっかりと理解したのは、あろうことか、電話が終わってのことで。

胸に燻るのは、那由多の愛しさと、酷く優しい蟠り。言い様のない衝動的な何かが、胸の奥深くで、じりり、じりり、と音をたてて、甘く切なく疼く。

こんな気持ちを、残して行くだなんて、

「…酷い人、ですよ。…貴女は、」

身体にもて余した熱を冷ますには、柔らかな春の夜風はあまりに役不足で。顔を上げ、無造作にかきあげた髪から、雫が静かに腕を伝う。

彼女の澄んだ声が、いつまでも、耳の奥に、甘く甘く、響いていて。その声だけで、酷く満たされる自分がいたわけで。

「……私にだって、ちゃんと、言わせて下さい。」

途方にくれるような気持ちで、再び仰いだ月は、そんな自分を笑っているように、燦々と光って見えた。


STEP2>>電話編

なるべく
話題を振ってやる

(それすら出来ずに、切られた電話と、置いてきぼりのこの気持ち)



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