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純情なあの子に接する
五つの方法



この度、彼女が出来まして。

良く笑い、良く照れ、良く食べる、私よりも一回り小さな可愛いらしい方です。

出会いはまさかの、偶然歩道でぶつかって私の方から一目惚れ、というベタなアレでして。

連絡先を交換し、何度か逢瀬を重ね、晴れてこの度、というわけで、喜びのあまり、咽び泣く次第でございます。

しかし彼女の口からは、俄には信じ難い言葉が飛び出したのです。

「私、男の人とお付き合いするの、初めてなんです。」

初な彼女を、自分なりに、心底大事に、大事に、していきたい次第で。


STEP5>>初めての夜編


「お待たせしました。」

「あ、はい。」

バスルームから出てきた彼女は、どこか申し訳なさそうに私の服を着て立っていた。

かくいう私はと言うと、そんな彼女の立ち姿に、服が華奢な肩からずれ落ちてしまわないかと、ハラハラとした不安な気持ちと同時に、自分の服が、彼女にとってはワンピースになってしまうのだ、という妙な感動を覚えていて。

「…っ、」

加えて、彼女のしなやかに濡れた髪と、上気した頬。服から伸びる白い脚に見とれてしまうのは、男の性というものだろうか。

「アグニさんも、早く。」

彼女の声と同時に、慌てて視線を反らしてひとつ息を吐く。平常心を装い彼女の言葉に、はい、と返事をすると同時に、バスルームへと急いだ。


一気にシャワーの水圧を上げ、固い水を体に受ける。だんだんに温かくなってきたそれが床を叩く音を思考の外に聞く。

毎日のように彼女を思う。思いはやがて形となり、彼女の隣に立つことを許された。

彼女が自分に笑ってくれるなら、それだけで、なんて。頭で思っていても、どうもそうはいかないらしく。思いのその先へ、この手で、彼女をもっと奥まで、連れて行きたい。

焼き付くような思いの、証を、彼女に。


きりのない思い。我ながら呆れたものだと吐いたため息は、思いの外浴場に大きく響いた。


少し頭を冷やそうと、バスルームからあがり、そのままキッチンに向かう。


なるべく頭を空っぽにするべく、彼女と自身のためにアイスティーを入れることに専念し、出来上がった二つのグラスを手に、部屋へと戻った。


彼女は何故だか体育座りで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。そんな彼女の後ろ姿に少しの悪戯心が芽生え、後ろから近付き、纏め髪から除く首筋にひたりとグラスを押し当てる。

「うわっ!!!」

「驚きましたか?」

「っーー」

反応は思った以上のもので。首筋を抑えこちらを見上げる彼女は、何か言いたそうに口を歪めている。

飲みます?と、彼女の隣に胡座をかきながら一方のグラスを渡す。腑に落ちない表情をしながらも、いただきます、と、おずおずグラスを受け取る彼女に思わず笑みが漏れる。

「美味しいです。」

「それは良かった。ちゃんと甘めに作りましたから。」

ありがとう、と微笑んだ彼女の声が、生ぬるい風にたゆたい、ふわりと溶けた。


窓の外はすっかり日も暮れ、濃い藍色一色で。開け放した窓から、遠いひぐらしの声と共に、きつく夏の香りが漂う。

夕立後の穏やかな風が心地良い。時々グラスの中で氷が音を鳴らす他はほとんど静かで。飲み終えた後も、黙ったまま、二人して夏の風に吹かれていた。

今日がまた、終わって行く。

ふいに胸に焦燥を覚え、隣の彼女の横顔を盗み見れば、遠くを眺めるような儚い表情と、それとは逆に酷く無防備なその様子に、ほぼ衝動的な熱い思いが駆け抜けた。


やっぱり、この時間を、彼女を、まだとどめていたくて。ほとんど無意識のうちに彼女を引き寄せ抱き締めていた。

「…アグニさん?」

戸惑いを含んだ彼女の声に、更に腕の力が強くなる。

「…アグニさ「…帰したくない。」

彼女の声を遮ぎるように、自身の口から紡がれた言葉は、酷く子供じみたもので。それでも心は、彼女を求めて止まず。

「貴女は、分かっていないかもしれませんが、」

物わかりの良い大人のフリも、余裕のある優しい男のポーズも、もう。

「俺だって、男なんです。」

あなた が ほしい

掠れた声に、腕の中で息を飲む彼女。早まる鼓動が薄い布越しに伝わる。

「………、」

ほとんどすがるような気持ちで、振り払ってくれたなら、まだ、止められるかもしれないのに、などと、甘えた後悔の思いを燻らせていたその時。


「分かってないのは、アグニさんの方です。」

彼女の小さくもしっかりとした声に、思わず腕の力が弱まった。見れば、彼女の揺るぎない視線が、真っ直ぐに私に向けられていて。

「…私だって、子供じゃない。」

「っ、」

「側に居たいのだって、求める気持ちだって、アグニさんと同じです…。だから…、」

「………?」

「……帰さないで、」

とどめてください

息を飲むのは、今度はこちらの番で。ぎこちなく回された腕に、言い知れぬほどの愛しさを覚え、吐息すら奪う素振りで、心のままに彼女の唇をさらった。





「本当に良いんですか?」

ベッドに横たえた彼女は、力が入っている、なんてものではなく。

「…こ、子供じゃないですからっ…。」

「なるほど…。」

先ほどの自身の口から溢れた言葉を、呪うように再び口にする彼女に、思わず笑みが溢れる。今にも泣きそうな瞳は不安げに揺れている。そんな表情にさえ、愛しさを感じずにはいられない。

宥めるように髪を透けば、ほんの少しだけ溶けた表情になった。そっと形をなぞるように耳に髪をかけ、流行る気持ちといたずら心とを半々に、囁きかける。

「…今なら、まだ撤回を受け付けますが?」

「…っ、ん」

「やむを得ず、ですけど。」

「…っ」

どうします?と問えば、早くも詰まる息と共に、シーツに縫いとめ絡めた指にキュッと力がこもった。

「アグニさん、なら、」

平気です、と、答える彼女は、いっぱいいっぱいの表情で。しかし、他でもないそれが、彼女の意思であることを理解し、意外と頑固であるらしい、彼女の額にそっとキスを落とす。

「…全く、貴女には敵いませんね。」

愛しくて、愛しくて、仕方がない。

そう言えば、君はきっと、大袈裟です、なんて笑うのだろうけど。

ならば、連れていこう。焦がれる思いのその先へ。君の手を引いて。

そして、言葉にすれば、何処にでもありふれた、チャチな響きになってしまう事実を、君に伝えよう。

素直でよく笑う君を、無邪気で屈託のない君を、そして、時々つま先立って、大人になろうと背伸びをしてくれる君を、愛してやまない私がいることを。



STEP5>>初めての夜編

怯える
あの子に優しいキスを
(恥ずかしい愛の言葉をのせて、)




Fin.

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