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昔々、とは言え、今からほんの2、3年前のお話。

尖った心をもて余し、酒に女に溺れた一人の青年が居りました。

幾多の罪を積み重ね、死をもって償うはずだったその青年は、とある王子の気まぐれで、また新しい生を受け、生き続けることを許されました。

青年は、新しい名と主の元、真面目に誠実に生きて行くことを決意したのです。

しかしながら、以前の彼に怨みを持つ一人の魔術師が、ことの成り行きに納得出来ず、彼にそれはそれは恐ろしい呪いをかけてしまいました。


『呪いを受けて、最初にお前が抱き締めた異性によって、過去のお前が再び目覚め、お前と入れ違いにこの世に現れるであろう。』


「…んな、アホな。」

こんなオカルトチックな夢を見た。


彼ノチ、モト彼
*First Contact


「遅刻だ…っ!」

泣きそうになりながら、全速力で朝の宮殿を駆け抜ける。

普段は厳粛な雰囲気の漂う大理石の廊下。そこをバタバタと走り抜けるのは、なかなか爽快だが、遅刻必至のこの状況では、清々しさも何もあったものではない。

そもそも寝坊の原因は不思議な夢のせいだった。

おとぎ話のようなその夢は、夢のクセにやけにリアルで、そのくせどこか曖昧で。

呪い、かぁ。

ふむ、と考え込むも、すぐに馬鹿馬鹿しくなって、ナイナイ、と首を振る。実も蓋もない夢のお話だし、第一そんな罪深い青年は知りもしないのだから。

そんな赤の他人の呪われた運命を、嘆いてあげられるほど、私は良くできた人間ではない。

いやいや、そんなことよりも。

早く朝食の準備に当たらねば、と王子が朝食をとられる大広間へと急ぐ。今ならまだ間に合うはずだ、と思い、走るスピードを上げる。

しかし、目の前の突き当たりを曲がろうとしたその瞬間。

ふと目の前に、背の高い人影が現れた。

「わっ!」

「っ、危ない…!」

アグニさんだ!と思ったのと、ぶつかる!と思ったのとはほぼ同時のことで。そして思った通り、身体にドンと衝撃を感じ、思わず固く目を閉じた。


「っ、」


どうやら彼に抱き留められたおかげで、廊下に身体ごと突っ込むような事態は免れたようで。安堵してホッと息を吐いた。

しかしながら、彼の胸に身体ごと突っ込んでしまったことを思い出し、慌てて彼から身を退き、バッと頭を下げる。


「す、すみませんっ!全力疾走してて全然前見てませんでした!」

ごめんなさい!と勢い良く頭を下げ謝る私に、彼はきっと『いえ、お怪我はありませんでしたか?』という、心配の言葉や、あるいは『廊下を走っては危ないじゃないですか。』とかいう、細やかな忠告の言葉を投げ掛けてくれるはずだった。


いや、甘えとかそういうのではなく、極々単純に。いつもの彼ならば、きっとそう言ってくれるのでは、と。


そう、少なくとも、


「………チッ、」

「………ち…?」


私の知っているアグニさんは、舌打ちなんかしない。はず。

いや、もしかして、私が寝坊なんかしたから、仏のような心の持ち主のアグニさんも、思わず舌打ちをしてしまうほどに、お怒りなのかもしれない。

そう思い、恐る恐る顔を上げると、そこには、居るはずのアグニさんは居らず。

「…………。」

流れるような銀色の長い髪と、冷めた瞳が印象的な強面のお兄さんが、大きな布を大きな身体に半分引っ掻けただけの誠に破廉恥な姿で腕を組み、私をジッと見据えていた。

「……………。」

「……え、っと……、」

そんな不思議としか言い様のない状況に、頭がついて行かず、ポカンと口を開けたままに、目の前の人物を眺める。

黙ったまま私をただただ見据える彼の瞳は酷く威圧的で、底知れぬ恐怖のようなものが沸き上がってくるようだった。

「…間抜け面だな。」

「…ひっ!」

喋った!!と、低く響く彼の声に思わず肩が跳ねた。そんな私の様子を見て、彼はさほど面白くもなさそうに、はっ、と鼻で笑うと、私を見据えたままに溜め息を吐いた。

「…せっかくコイツの中から出られたってのにその原因が、お前、か…。」

「へ…?」

「…興醒めだな。」

「なっ…!?」

彼は私から目を反らし、荒っぽい口調で投げ捨てるように言った。私は彼の言葉に俄に腹が立ち、キュッと眉に力を入れて彼を睨む。

「…し、初対面の人に、興醒めだなんて言われる筋合いは…!」

「……筋合いは?」


「…な……ないって、いうか、その…、」

縫い止められるような視線に思わず怯み、グッと言葉を詰まらせる。そんな私を見て、彼はフッと冷笑を浮かべた。


「…本当に、初対面だと?」

「……え?」

彼の思いもよらない言葉に、こんな柄の悪い知り合いなんて居ない、と、思わず本音が漏れそうになったが、頭の中にある考えが過り、慌てて口を閉じた。

この人、よく見たら。

銀色の髪は長く伸ばされているものの、金の金具で纏められた二房の髪には見覚えがある。見上げる程の背丈も、低く響く声も、確かに、身に覚えがある。


まさか、


「…アグニ、さん…?」


疑うような素振りで呟けば、目の前の彼は不機嫌な表情のままに顔を歪め、先程のように舌打ちをして見せた。

「…強ち間違ってはいないが、…その名で呼ばれるのは気に食わない。」

一々恐ろしいやら、訳が分からないやらで目眩が起こりそうになりなる。しかし、ここで彼から目を反らしてしまうのは、何だか癪な気がして。ほぼ窺うような形で以て彼を見上げたままに、次の言葉を待つ。


「俺の名はアルシャド…。"アグニ"の過去だ。」

「…アル、シャド…?アグニさんの、過去…?」

彼の言葉を、反芻した時、今朝の夢が鮮やかな形で頭に蘇って来た。


((昔々、尖った心をもて余し、酒に女に溺れた一人の青年が居りました。))

((とある王子の気まぐれで、また新しい生を受け、生き続けることを許されました。))

((呪いを受けて、最初にお前が抱き締めた異性によって、過去のお前が再び目覚めさせられ、お前と入れ違いにこの世に現れるであろう))


「っ、」

もしかして、今朝の不思議な夢は、赤の他人のことなどではなく、他でもない、アグニさんのことだったのだろうか。


そして、他でもない私が、"過去のアグニさん"を目覚めさせてしまったのだろうか。


「…うそ、でしょ…?」


あまりに現実離れしたこの状況に、くらりと視界がぶれたかと思えば、そこからプツンと思考がショートしてしまった。


意識が無くなる間際に、ポンと何かが弾ける音と、いつもの優しい彼の声が焦ったように私の名を呼ぶのを聞いた気がした。

悪なファーストコンタクト
(悪夢の続きでありますように!)



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