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((呪いを受けて、最初にお前が抱き締めた異性によって、過去のお前が再び目覚め、お前と入れ違いにこの世に現れるであろう。))

ぐるぐると、思考が渦を巻く。

昨夜見た、不気味な夢の言葉が、繰り返し頭の中でリピートされる。

ぶつかった私を受け止めたアグニさんは、蔑んだような目付きの長髪の青年へと姿を変えた。

『俺の名はアルシャド…。"アグニ"の過去だ。』

彼は、アグニさんの過去。

つまるところ、アグニさんが、アルシャドさんで、アルシャドさんがアグニさん。

アグニさんでアルシャドさんで、アルシャドさんでアグニさん。

ああ、もう、

「ややこしやぁ…、」

彼ノチ、モト彼
*Second Contact


「気が付きましたか?」

「……アグニ、さん…、」

目が覚めると、何故かそこはベッドの中で。眉を八の字に下げ、心配そうに私の顔を覗き込む、アグニさんがいた。

「…私、どうしたんでしょう?」

「…気を失っておられたのですよ。」

状況が把握出来ず、目を擦り尋ねる私に、彼はどこか困ったように微笑んで、言葉を返してくれた。その後、また眉を下げ、彼は言葉を続ける。


「随分うなされていたようですが…、」

「…うなされて…?…あぁ、なんだか、オカルトチックで、かつファンシーな夢を…、」


そうか、私は、気を失って、夢を見ていたのだ。その証拠に、私の目の前にいるアグニさんは、ちゃんと、私の知ってるアグニさんだ。


「……?」

「…え、…アグニさん、ですよね?」

「……?はい、」

「…ホントのホントにアグニさんですよね?アルシャドさんとかじゃないですよね?アグニさんですよね?というか、アグニさんであってください、」

「……安心して下さい。…『今』は、アグニですから。」

「良かったー!」

彼の言葉に、安堵の息を漏らし、それと同時に体の力が抜けた。

全く、おかしな夢をみたものだ。


「いえね?アグニさんと衝突したら、何でかアグニさんの過去を名乗る、強面で長髪のお兄さんに姿が変わっちゃったっていう、不可解な夢をみて…。で、この強面のお兄さんがまたコワイコワイ!」

「………やっぱり、貴女の前で姿が変わってしまったのですね…。」

「そうなんですよ!そりゃもうガラッと………え?」

ベッドの側に座り、深刻な表情で眉を潜めるアグニさんの言葉に首を傾げる。

やっぱり、って、なに?


「…残念ながら、先程貴女の目の前で起きたことは、夢ではないのです。」

「………うそ、」

「……残念、ながら。」

アグニさんは、うつむきがちに再び肯定の言葉を繰り返す。私は虚ろな心地で彼の次の言葉を待った。



「…昔、ある魔術師から呪いをかけられ、最初に抱き締めた異性によって、昔の自分が目覚め、私と入れ換わりに姿を現すと…。」


「…じゃあ、私が、アグニさんが呪いをかけられて最初に抱き締めた異性、だと。」

「…そうです。」

「……私が、目覚めさせてしまったんですね…。」

「…………。」


他でもない私が、過去の彼を目覚めさせてしまった。未だ掴めずにいる出来事だが、真剣な表情でうつ向くアグニさんの様子からして、どうやら、本当のことらしい。


「…でも、今は、アグニさんなんですよね?」

「…はい。…ですが、貴女と何らかの接触があれば、また…、」

「…アルシャドさんが、現れる、と…、」

「…恐らくは。」


彼は心なしか思い詰めているようにも見てとれて。いつもは優しい目元が、今は静かに伏せられている。


思えば、当たり前だ。アルシャドさんだった頃の記憶は、アグニさんにとっては知られたくない過去であり、思い返したくない過去に違いないだろう。

そんな過去を、私は、目覚めさせてしまったのだ。


「……ごめんなさい、」

「?なぜ貴女が謝るのです?…むしろ、謝らなければならないのは私の方です…。このような煩わしい呪いに巻き込んでしまい…さぞかし、っ!」

「……?」

力の無い笑みを浮かべていたアグニさんの表情が一変し、険しい表情でガッと肩を捕まれる。

「っ!?」

「私が何か危険な目に合わせなかったでしょうか!?」


「……へ?」

「私が…いえ、アルシャドは!貴女を傷付けるようなことをしてはいませんか!?」


彼の真剣な問い掛けに促されるように、アルシャドさんとのやり取りを、んー、と、思い出す。


「……いえ、特には。」

「良かった……。」

「…ただ、」

「…?」


するりと安心したように私の肩から手を外すアグニさんは、私が口にした言葉の続きをキョトンと首を傾げて待っているようで。

私を一瞥した後に、『興醒めだ』と言ってのけた"彼"とはつくづく正反対だと思う。

「…いえ、何も。」

「そう、ですか。」


安心しました、とホッと胸を撫で下ろしたらしいアグニさんを、とても傷付ける気にはなれず。"彼"が口にした言葉を告げ口するのはやめにした。


どちらにしても、


「とりあえず、私がアグニさんにぶつかったり、抱き着いたりしなければ、いいんですよね?」

「…、えぇ。」

「なら、大丈夫ですよ!やたらめったに、そんな状況になりっこないんですから!もう"彼"に会うことはありませんよ!」


彼を安心させるつもりで、ね!と同意を促す私の言葉に、アグニさんは何故だか少し表情を曇らせた気がした。


「…アグニさん?」

「……いえ。」

伺うように首を傾げれば、アグニさんは曖昧に笑って言葉を濁した。

何だか気持ちがモヤモヤとして、そんなアグニさんを見詰めるも、彼は私の視線からすり抜けるかのように、さて、と呟き、スクッと立ち上がった。


「そろそろ仕事に戻らなくては。」

「あ、じゃあ私も……、」

「貴女はもう少し横になられていた方が良い。頭を打ったのですから。」

「…でも、」

「どうか無理はなさらないで、しばらくは安静にしていて下さい。他の侍女の方達には私の方から伝えておきますので。」

起き上がろうとする私を、柔らかに制し、アグニさんは、では、と一礼して私にクルリと背を向けた。


「………。」


私の中で、モヤモヤが肥大する。


なんで、そんな、寂しそうに笑うんですか。後ろめたい過去を呼び覚ました私が。

憎い、ですか?


「…っ、待って下さい、アグニさん!」


それならそうと、はっきりと、叱ってほしくて。それならそれで、今一度きちんと、謝りたくて。


そんな笑顔で、誤魔化してほしくなくて、部屋を出ていこうとする彼を引き留めようと、体を起こし立ち上がる、

が、


「っ…、」

視界がクラリと廻る。

立ち眩みだ。

思っていたより安定感の無い体と、覚束無い足下。いつもより強い地球の重力に引っ張られ、傾いた私の身体は、あろうことか。

彼の背中に直撃した。


「っ、」


やばい、と思えど時すでに遅し。

ポンと小気味良い破裂音を瞼の裏に聞く。恐る恐る、瞼を押し上げたなら、目の前に艶々と、逞しい褐色の背中。


ああ、あ、やって、しまった。


「……『もう、会うことはない』?」


絶望の淵に立たされたような心地で、固まっていた私の頭上から、その絶望を確固たるものとして決定付けるような、重低音が降ってきた。

先程瞼を開けるのに要した勇気の更に倍のそれを使い、恐る恐る声の主を見上げれば、


「…はずれたな?」

「っ、」


悪夢に見そうな立派な悪役のように口角を上げ、鋭い眼差しで私を見下ろす、"彼"と、目が合った。


度目はない、はずだったのに
(言ったそばから…私のあほう、)




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