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「もう会うことはない…?…はずれたな。」

背中越しに振り向く彼は、冷めたしたり顔で、さほど面白くもなさそうに口角を上げていた。

「……アル…シャド…さん…、」

私はそんな彼の背中に倒れかかったまま、おずおずと彼を見上げる。

まさかこんなに早く、“彼”と再開するとは夢にも思わなかった。

“彼”とは、所謂、しなやかで屈強な身体をほぼ隠すことなくさらけ出した、目の前に立つこの男のことで。

なんと、あの仏のような心を持つアグニさんの過去だという。

片や、肉食系不良タイプ、そして片や、草食系爽やか癒し、天然、堅実、頼りになるお兄さんタイプ。一粒で二度美味しい、なんて単純なものではなく、この男、恐ろしく所業がよろしくなく、とても質が悪い。


「……しかし、」

「………?」

「悲しいくらいまっ平らだな。」

「…………」

彼は、鋭利な眉をそっと寄せて考えた後、背中越しに、酷く真剣な表情でさらりと言ってのけた。

ニヤリともせず、あくまで真面目な面持ちの彼に、俄に腹が立ち、胸をおさえて慌てて彼から退く。

「は、…発展途上なんです!!!」

「…嘘つけ。」


彼ノチ、モト彼
*続 Second Contact


開口一番、乙女としてのプライドを傷つけるようなことを口にされ、私は目の前に立つ男を威嚇するように、シャーッと睨みつける。

すると私と向き直り、気だるそうに髪を後ろへ払った彼が、私の視線に気付き、またしても面倒くさそうに眉を潜めた。


「……俺を睨んだって仕方ないだろう。アイツに弾丸の如く後ろから抱きついたのはお前だ。」

「だ、抱き着いてません…!よろめいたっていうか、引き止めようとした末の事故っていうか…、」

「どちらにしろ、俺を呼び覚ましたのはお前だ。」

「………、それは、」

そうですけど、などと、伏し目がちにまごまご言い訳をする私を彼はフンと鼻で一笑した後、眉を潜めたまま、無表情に部屋の中を見渡し始めた。


「…………、」

確かに彼の言った通り。彼を呼び覚ましたのは、私なのだ。



アグニさんは呪いによって、私が抱き着いたり、身体への接触を行うと、過去のアグニさんであるアルシャドさんへと姿を変えてしまう。

しかし、それはどうやら一時的なものであるらしく、先程の様子からすれば、10分程で、元のアグニさんへと戻る。


「おい、」


よし、このままなんとかやり過ごしてしまえば10分なんて直ぐだ。腹をくくってナイフのような彼との地獄の10分間を過ごし、アグニさんへと戻った時に、平謝りをしよう。それがいい。


「…おい、女。」

「あ、は、はい?」

一人腕を組み、思考に耽っていると不機嫌に声をかけられビクリと顔を上げる。思わず声が上擦ってしまった。

彼はそんな私を気に止める様子は見受けられず、何やら淡い橙色の小さな袋を、片手で何度か宙に放り投げ、弄んでいた。

「これ、借りてくぞ。」

「へ?」

私は彼の言葉に促され、彼の手中で弄ばれている、小さな袋へと視線のピントを合わせる。


「……あ…、…ああああっ!!わ、私の小銭入れっ!!」

チャリンチャリンと軽快な音を立てつつ彼の手で弄ばれているそれは、あろうことか私の財産とも言える額の入った巾着袋で。

「いつの間に!」

「…ぼけっとしてるからだ。」

「返してください!!」

「っと。」

声を上げる私に、彼はまるで他人事のように返事を返す。私は慌てて彼に詰め寄り両手を伸ばして我が巾着袋を奪い返そうとするものの、宮廷一身長の高い彼に敵うはずもなく、私も巾着袋同様に彼に弄ばれる。

「っ、ちょっと…!それ、私の今月の生活費なんですよ!返してください!」

「…ほぉ。」

彼をキッと睨み付けるもてんで効果はなく、彼は巾着袋を高い位置に持ち上げたまま、私を見据えた銀色の瞳をスッと細めた。

「…俺に怯まない、か。」

「ひ、怯むも何も!私、それ取られちゃうと生活出来ないんですってば!」

「……面白い、」

彼は、喉の奥でクッと低く笑ったかと思えば、巾着袋を今までに比べて一層高くに放り上げ、バッと自身の顔の前で乱暴な所作でもって鷲掴みにした。

「っ、」

思わず息を飲む私を彼は鋭利な瞳でじっと見据え、私の目の前に巾着袋を突き付ける。

彼の突き刺すような眼差しと、うっすらと弧を描きながらも冷たさの漂う口許に、私は背にヒヤリと汗の流れるのを感じた。


「…どうやら、“アイツ”に戻るまでの時間は特に決まってはいないらしいな。」

「………、」

「今から付き合え、」

「………は?」

「せっかく目が覚めたんだ。“アイツ”の気配も今は無い。」

「え、分かるんですか!?」

驚き尋ねる私に彼は、少し間をあけ、多分な、と、小さく呟いた。そんな彼の様子からして、かなり曖昧な感覚ではあるらしいが、今二人は一つの身体に共存しているようなものだから、彼がそれを感じることができるのは、そう不思議ではないかもしれない。

「一日はもちそうか、」

「……ご冗談、」

「とにかくだ、」

彼は私の言葉に被せ、口調を強めた。

「これを返して欲しければ、今から“アイツ”に戻るまでの間俺に付き合え。」

「なっ…!返すも何も、それ私のですよ!?」

「…良いのか?“アイツ”でもある俺が、街に出て好き勝手に振る舞っても、」

「っ、それ、は…、」

「今の社会的地位、信頼、環境、……“アイツ”のそういうものを壊すのなんて、俺にとったら容易いことだ。」

「っ、」

言葉を詰まらせながらも彼に反抗の意を見せる私を、彼はじっと見据えたままで。

彼の淡々とした物言いに、恐怖を感じるも、微かに、本当に微かに、何かに足掻いているような苦悩めいた感情が渦巻くのをかい間見た気がした。

今は、内へ内へと追いやられた、アグニさんの心だろうか。それとも。


「…忘れたか?俺を目覚めさせたのはお前だ。だったら最後まで俺に付き合うのが筋ではないのか?」

「…………、」

「……どうなんだ?」


確かに彼の言う通り、彼を目覚めさせてしまったのは私で。

彼が彼のままに身を振る舞えば、私もアグニさんも確実に良くない状況へと陥ってしまう。そして何より、今月の生活がかかっているのだ。


私が、アグニさん(と、全財産)を守らなければ。



「…分かりました。」

「よし、」

「わ!え!?ちょっ、何を……っ!」


短い思案の末、溜め息混じりに頷く。彼の口許が満足げに弧を描いたのを、確認したかと思えば、次の瞬間、ガバッと身体が宙へと持ち上げられた。

いきなり私を抱き抱えた彼に、非難の言葉を向けようとするも、目の前にある逞しい胸板に圧倒され、思わず赤面し、口を閉じる。


「そうと決まればすぐ出掛けるぞ、」

「ど、どこに、ですか?」

上ずった声で掠れながら問えば、彼は歩きながら、外へ、と短く答えた。私は、何とか火照った頭を働かせ、彼から逃れようと胸板を押す。

「お、下ろしてください。外へなら、自分で歩けますから!」

「歩く?ハッ、馬鹿を言え。そんな暇はない。」

「はぁ?」

意味の解らない彼の言葉に眉を潜めていると、彼がふいにテラスの前で足を止めた。

「…………っ、」

と同時に、恐ろしい考えが頭を過り、私は思わず息を飲んだ。

「……ま…まさか、…う、そ…ですよね…?」

「暴れるなよ?」

私の言葉に耳を貸さずテラスから身を乗り出す彼に、私の身体はカタカタと震えだした。先程とはうって変わり、彼に忠告されずともヒシリと彼の首に腕を回している。

頬にあたる風に、身のすくむ心地がする。私は、うわ言のように弱々しく彼に意を唱えた。

「ちょっ…ちょっと、ムチャですよ…こんな……し、…死んじゃ…、」

「…舌噛みたくなかったら黙ってろ。」

「待って待って待って!!!こ、ここ、三階だからあああああああ!!!!」

彼は、めんどくさそうに舌打ちをした後、ぶっきらぼうに言葉を投げかけると、何の合図もなしに、宙へと身を投げ出した。



かいだいぶ なう!
(波乱万丈渦巻く日々へと)




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