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『・・・もし、もっと早く、貴女に出会っていたのなら・・・、このような呪いに煩わされることなく、貴女に向かいあえていたのでしょうか・・・』

あの日、アグニさんは、アルシャドさんから姿を変えるなり、そう呟いた。

その声や、腕のなかの子猫を見つめる瞳はどこか寂しげで。戸惑う私に向けられた誤魔化すような微笑みに、ちりりと胸が痛んだ。

気のせいだろうか。あの日から、アグニさんは私に対してどこかよそよそしい。

何か気に障ることをしてしまったのだろうか。それならそれで、きちんと謝りたい。彼と話すことができないのは、とても辛いことだから。

しかしながら。いったい、私のどの言動が、彼をそんな態度にさせてしまっているのだろうか。


「・・・・こういうのが原因なんじゃないのか?」

「・・・私も・・今正にそう思っていたんです・・・」


こうべを垂れた私に対し、眼の前の男は顔色ひとつ変えず、淡々とした様子でため息交じりに口を開く。

「・・・こうも毎回どんくさく抱きつかれたあげく、しょっちゅう俺に身体を乗っ取られるなんてな。それはお前に対して態度も悪くなる」

「ああ耳が痛い!!!!!」

今日も彼・・・、アルシャドさんは絶好調だ。そして私は、今、いっそ自分を辞めてしまいたい、そんな午後。


彼ノチ、モト彼!
*Fifth Contact




不運な出来事は、私が勇気を出し、廊下でアグニさんに接触した、その一瞬のうちに起こったのである。

『アグニさん!』

『?』

私の声に振り向いてくれた彼に安心したのもつかの間。

『ちょっと、邪魔!!』

『『え゛・・・っ』』

不機嫌な声と共に背後にどんと衝撃が走った。身体がそのまま前のめりになり、アグニさんの身体と見事に接触。もう次の瞬間には、という展開だ。

忙しそうに私にぶつかって去って行った侍女は、(多分ミーナさんだと思う・・・)此方を振り向きもせず、廊下の向こうに姿を消して。長い廊下に残されたのは私と、姿が変わったアルシャドさん。

『・・・私、なんだかアグニさんを怒らせているような気がして・・・何か、心当たりとかありませんか・・・?』

開口一番、私の質問。そして冒頭に戻るわけだ。



「ああもう最悪ですよ・・・・」

「・・・・お前がな」

辛辣な彼の、ごもっともな言葉に心が折れそうになりながら空を仰ぐ。宮殿の屋上から見える空は潔く晴れ渡り、私の気持ちには程遠い。彼もそんな私と同じように、宛ても無く空を見上げた。

幸い、アグニさんからアルシャドさんに変わる瞬間の目撃者はいなかったものの、何せ宮廷内の廊下だ。いつ、誰とはち合わせるかも分からない。

とりあえず彼の腕を掴み、人目を気にしながら一が罰か、ここへとやってきたが、どうやら咄嗟の行動にしては上出来だったと言える。

昼食と、午後からの宴の準備に人が出払っているせいか、屋上には誰もおらず、さんさんとした強い日差しが静かに降り注いでいるだけだった。


「みんなには悪いけど・・・しばらくここで時間をすごすしかないかな・・・」

「・・・そうだな」

「・・・・え?」

自己嫌悪に苛まれ、ため息交じりに呟いた言葉に、意外な返答が返ってきた。彼の言葉に、思わず隣の彼を見上げる。まじまじと見つめる私に気づいたのか、眉をひそめた不機嫌な視線が、すっと此方に向けられる。

「・・・どうした?」

「どうって・・・アルシャドさんこそどうしちゃったんですか?」

「・・・は?」

私の質問に、彼の眉間のしわがいっそう深くなる。そんな彼の表情に、少しも恐怖を抱かなくなったのは、いつからだろう。

「だって!いつもなら、『馬鹿め!お前の都合なんか知るか!俺様は好きなことをやるんだァ!』って、元気よく飛び出していくのに・・・」

「・・・誰だ、それは」

「今日は素直に聞いてくれて・・・びっくりですよ」

「・・・・・何か不都合か?」

「い、いいえ!全然!むしろありがたいです、本当に!」

慌てて首を振る私に、彼はふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。そのまま私に背を向けて、屋上を歩きだす。背に流れた銀色の髪が風にたなびく。

本当に素直だ。私は彼の背中を見ながら、しみじみ思う。態度だけではなく、粗野な仕草や、歯に衣着せぬ物言い。そんな中にも、前ほど角が感じられなくなった。

あくまでそんな気がするだけで、本当は最初のころとなんら変わりは無いのかもしれない。けれども、胸の中では、そんな彼の変化に、少しだけ嬉しくなる自分もいたりして。

そんなことを考え、自然と頬が緩んでいたものの、すぐさま先ほどまでの自身の目的を思い出し、再び自己嫌悪に陥る。あの日、寂しそうに笑ったアグニさんの表情が忘れられない。

「・・・・はァ・・・」

私はその場にペタンとすわり、サリーの裾を気にしながらため息を吐く。

「・・・・何やってんだろ・・・」

私は本当に、彼を困らせてばかりだ。


「・・・アイツの機嫌なんてどうだっていいだろう」

「え・・・?」

少し離れた所から声をかけられ、顔を上げれば、腕を組み壁に持たれた彼と目が合った。

「アイツがお前のことをどう思っていようが、お前には関係のないことだ」

“アイツ”というのは、多分アグニさんのことなんだろう。私は思わず苦笑し、力なく、いや、と、返事をかえす。

「そういう訳には・・・」

むすりと固く結ばれた唇を見て、はたと気づく。私の軽率な行動は、アグニさんばかりでなく、この人までをも振り回しているのだ。

なんだ。私が、問題児じゃない。と、とたんに胸が苦しくなる。自然と視線が下にさがり、膝を抱える手が固くなる。

「・・・だって・・・アグニさんだけじゃなくって・・・アルシャドさんまで振り回してしまってて・・・」

「・・・・・・」

「・・・原因は、私にあるんです。・・・なのに・・・迷惑ばかり、かけてしまってます・・・」

私のせいでくるくると人格が変わる、一人の男性。その間封じ込まれてしまったもう一つの人格。例え、そのどちらもが“彼”だとしても、不意に、不本意に訪れる意識の覚醒や昏迷は、彼等を予想以上に惑わせているに違いないのだ。

それでもきっと、アグニさんは笑ってくれるから。

それなら今、アルシャドさんに、ありのままを言葉にしてもらったほうが、よっぽどいい。


「・・・迷惑だ」

「っ・・・」

思いのほか冷たく、近く響いた彼の声に、胸が軋んだ。恐る恐るに顔を上げれば、私を見降ろす彼がいて。息を飲む私に、彼は表情を変えずに深く息を吐いた。

「・・・俺にも、アイツにも・・・そう言われれば満足か?」

「え・・・?」

「迷惑かどうかは、俺が決める」

「・・・アルシャドさん・・・?」

続く彼の言葉に、私は眉を潜める。彼はやはり不機嫌に唇を結んだままに、私をじっと見据えていて。その表情はいつになく真剣だ。

「・・・・確かに、アイツにとってみれば俺は消し去りたい過去だろう。出来ればなかったことにしたいのかもしれない・・・」

「そんな・・・っ」

「・・・それも、恐らくお前には、知られたくなかった過去の姿だ・・・お前だけには、な・・・」

「・・・?私・・・だけには・・・?」

「でも、俺はそんなアイツの葛藤なんてどうだっていい」

「・・・・え・・・?」

「・・・・いいか?・・・これは、“宣戦布告”だ」

「・・・・え・・・・!?」

ぴしゃりと言い切った彼に、私は瞬きを繰り返す。新たに浮かんだ疑問符は、私の頭を混乱させる。それでも、意志のある鋭利な瞳に、吸いこまれそうな気がして。

「俺は、あくまで俺自身だ。・・・好きにさせてもらう」

「アルシャドさん・・・」

台詞だけ聞けば、なんと潔く、男らしいのだろう。

けれどこれは、要するに、『回りなんてどうにでもなれ!俺は俺で好き放題暴れまくってやるぜ』という意味ではなかろうか。

つまりは是、立派な唯我独尊、自己中宣言である。

「ア・・・アルシャドさああん!!!私が言うのもなんだけど、それじゃあ、アグニさんに申し訳がたちませんよおお!!」

「・・・知るか」

私の泣きごとを見事に一掃し、彼はその場にどかりと座り込む。そんな彼の様子に、私の悩みは更に深刻さを増した。しかし、そんな私にかまうことなく、彼は、私の背中に気だるそうにもたれかかる。

「・・・背中かせ」

「う゛ゥ・・・重い・・・」

「ハッ、頼りない背もたれだな・・・」

背後から理不尽な舌うちが聞こえ、私はますます泣きたくなる。思いのほか大きな背中が、容赦なく体重を預けてくるものだから、私は負けじと押し返し、声を張り上げ背中越しに話しかける。

「だいたい宣戦布告とか、怖すぎますから!」

「・・・・」

「そんな凄んだ表情でいわなくっても!」

「・・・」

「これでも私、女の子なんですよ・・・?・・・って、聞いてます?」

「・・・・寝た」

「起きてるじゃないですか!!!」

思わずキッと、首だけで振り返れば、それと同時に背後から微かな笑い声が聞こえた。思いもよらない彼の反応に、私は耳を疑った。

「・・・ア・・・、アルシャドさん・・・?」

「・・・・あぁ、そうか・・・」

「え?」

いつもより近い距離で彼の声を聞く。そのせいだろうか。

「・・・空ってこんなに青かったんだな」

「?」

耳に届くその声はいつもより穏やかで。

まるで。

「・・・」

私は口に出かけた言葉をそっと飲みこみ、顔を前に向けて、そっと空を仰ぐ。

「・・・何言ってんですか。アルシャドさんが知らなかっただけで、空はたいていこんな具合ですよ」

「・・・そうか」

背中越しに聞こえた声は、やっぱりどこか穏やかで。角ばった背中に、知らず知らず安堵を覚えている自分にも気付く。


まるで、アグニさんみたいだ。


安心感や、穏やかさ。それが全て同調している訳ではないけれど、それでも、確かに似た雰囲気を持っていて。

そんなことを思ったのははじめてだ。似てない二人が、同じだなんて。



「・・・宣戦布告はコイツに、じゃない・・・」

うとうとと遠のく意識の外に、うつらうつら声が聞こえる。


アグニさん?アルシャドさん?どっちだろう。


「・・・お前に、だ・・・“アグニ”」


夢の中では、何故だろう。

アグニさんとアルシャドさんが、二人、何やら深刻そうな顔で向かい合っていた。喧嘩だろうか。

いずれにしても私は、なんだかとっても、

帳のそと
(アルシャドさん、手ェ早そうだからなァ・・・)
(・・・え?いやこれは、喧嘩のハナシ)

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