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「あ・・・・・ッちゃぁ・・・」

目が覚めると、空はすっかり朱色に染まっていた。桃色の雲が筆を滑らせたように、薄く広く伸びている。


どうやら私は、あのまま眠ってしまっていたらしい。

事故とはいえ、私の不注意で姿が変わってしまったアルシャドさんを隠すために屋上へときたのだけれども。端から見れば立派なサボりに値するだろう。


「・・・戻ったらミーナさんからお説教だなぁ・・・」

「でしょうね・・・」

「・・・・・・・・・・えっ!?」


不意に聞こえた独り言への応答と共に、未だに自分が何かにもたれている、という状況に気づき、私は慌てて後ろを振り返った。


「っ・・・」


途端、眩むような夕日に反射的に目を細める。

大きくて広い背中。だけども、どこか寂しそうな背中。

アグニさん?アルシャドさん?

眩しい夕日のせいか。寝ぼけた頭のせいか。声を、聞いたはずなのに、私は見分けられずにいた。

どっち、だろうか。


大きな黒い影が、ゆっくりとこちらを振り返る。



「目が覚めましたか?」

「・・・・アグニさん・・・」


彼の穏やかな声に、私はなんだか泣きたくなった。


「すみません。随分気持ちよさそうに眠っていらっしゃったようですから、起すのをためらってしまって、こんな時間に・・・・」


だって、アグニさんは、私が性懲りも無く振りまわしてしまった後でさえ、こんなに優しく笑ってくれる。


「でも、ご安心ください。ミーナには私から何かそれらしい事情を・・・・・っ?!えっ!あっ!っ、ど、どうされたのですかっ!?」


そんなアグニさんの優しさが、私の自己嫌悪の気持ちをそれはもう、どろどろに溶かしてしまった。溢れだして止まらない。いきなり堰をきったように泣きだした私に、彼は私以上にオロオロと慌てている。


「ど、どうか、泣かないでください!ミーナは確かに辛辣な部分もありますが、きっと話せば分かってくれるはずですから!」

「・・・・・」


そんなふうに天然なところも、今は何故だか泣けてくるから不思議だ。



彼ノチ、モト彼!
*Lose a turn




「・・・ご・・・ごめんな、ざい゛・・・、」

「え?」

「私、アグニさんのこと・・・振り回してばっかりです・・・」

散々泣いた後、私はしゃっくりをあげながら、やっとのことで言葉を紡ぐ。


『迷惑かどうかは、俺が決める』

アルシャドさんには、ああ言われたけれど。


『貴女が責任を感じることはありませんよ』

アグニさんはそう言ってくれたけれど。


やっぱり私が彼等を振り回してしまっていることは確かで。呪いを発動させてしまったのも私。その呪いによって、彼等を苦しめているのも私。彼等にとって私は、きっと、煩わしい存在でしかないはずだ。そうだ。アグニさんが私に対してよそよそしい理由なんて、アルシャドさんに聞かなくったって分かっていた。


「わたし・・・・アグニさんの側にいちゃ、ダメなのかもしれない」

「っ」

きっと、お互いのためにも、離れて、距離をおいた方が。そう、思っているのに。


「“関わるな”とか、“距離をおいて”とか・・・・なんでも、言ってください・・・」


どこまでも自分勝手な私は、彼と、彼等と離れることが、どうしようもなく悲しい。


「私の責任です・・・・アグニさんの言う通りにしますから・・・」


恋人でもあるまいし、何ら不都合はないのだけど。なぜだか、側にいたいと思ってしまう。アグニさんや、あんなに乱暴なアルシャドさんとでさえ。




「・・・・きれいですね」

「え・・・?」


しばらくの沈黙の後、ふと、落とすように呟かれた言葉に、私は目をこする手を止めて顔を上げた。見上げた先には、紅く、真ん丸な夕日が浮かんでいた。遠くに見える河は、夕陽の色が溶けだしたように紅く、きらきらと輝いている。相変わらず眩しい。涙目には、さらにその輝きが沁みる気がして私は目を細める。


「本当。きれいですね。・・・・・でも、眩しい」

「ええ」

夕日に照らされたベンガルの街は、時が止まったようだった。何もかもが飴色に色づき、少しの温度を内に秘めて、そっと穏やかに息づいていた。


「・・・なぜ、この時間帯のことを“黄昏”と呼ぶかご存知ですか?」

「え?」

不意にかけられた言葉に、アグニさんの横顔に目を向ける。彼は遠くを見渡しながら、静かに微笑んでいる。

「そうですねぇ・・・・考えた事もありませんでした」

私は素直にそう答えると、彼の視線を追うように、再びベンガルの街に目を向けた。


「黄昏は、もともとは“たそかれ”・・・・・この時間は、夕日が眩しすぎたり、辺りが薄暗くなってきたりして、人の顔が見分けにくくなるでしょう?だから、“あのひとは誰だろう”という意味で・・・・」

「誰そ彼・・・・たそがれ!ああ!なるほど!」

「そういうことです」

「上手く出来てますねぇ!!」


へえ、と感心しながら思っていたことは、アグニさんの話し方や声は、耳にとても心地よく響くということ。なんだかずっと、そばで話していてほしい気持ちになる。当のアグニさんは、私の言葉にふっと微笑んで頷いた。

「黄昏時の街が一番美しい・・・しかし、私は時々、不安にかられるのです」

「不安・・・?」

私はそっと、彼の横顔を盗み見る。相変わらず遠くを見つめる瞳は穏やかだけど、ほんの少し、寂しそうで。


「昔の私と、今の私・・・・どちらが本当の自分の姿なのか、と、」


ぽつりと呟かれた言葉に、私は、子猫を抱きあげ不安げな顔をして見せた、もう一人の“彼”
を思い出した。

今、夕焼けの中に佇むこの人も、少し前に、背中合わせに青空を見上げた人も、同じ人。少し前までなら、そう云い切れずにいたかもしれないけれど、今ならはっきりと分かる。


この人は生きることにどこまでも真面目だ。

今も、昔も、変わらず。



「なるほど・・・・“誰そ彼”ってわけですね?」

「?」

私は、少しおかしくなって、不思議そうな顔で此方を向いたアグニさんにニッと笑って見せた。

「なら答えは簡単です。どちらも、アグニさんですよ」

「・・・どちらも・・・ですか?」

私の言葉に、きょとんとした顔で首を傾げるアグニさんに向かって、はい、と大きく頷く。

「正直、私も、アルシャドさんと出会ったばっかりの時は、アグニさんとは大違いだ、って思ってて!だって、横暴だし、眼つきも怖いし、口悪いし・・・」

「・・・・否定、できませんね・・・」

「でも!最近は、よく思うんです。ああ、この人達は同じだなぁって」

苦笑するアグニさんも、仏頂面のアルシャドさんも、時々、不意に同じ顔をする。過去の自分の影に怯えたり、自分の生き方に悩んだり。まるで、自分自身の存在を持て余しているような、そんな、遠く、悲しい表情をみせる。


「いまどき珍しいです。こんなに真面目で、ひたむきな人は!」

「・・・・・・昔の私も、ですか?」

「ええ!一体、何が原因であそこまでぐれてしまったのかは知りませんが、どこか自虐的です、アルシャドさんは」

「自虐的?」

「何と言いますか・・・・自ら意図して悪い方へ悪い方へと向かっているような・・・・でも、悪者にも成り切れずにいたんですよね?きっと・・・」

「・・・・・そう、でしょうか・・・」


未だ納得をしきれないと言ったふうに、眉をしかめる彼がなんだか幼く見えて。私は肩を竦め笑った。


「アグニさんは昔の自分がお嫌いですか?」

「・・・・・・どう、でしょうか・・・?」


好きでないのはたしかですね、と苦笑するアグニさんは正直だ。確かに、いくらなんでもあれじゃあ、思い出したくない過去かもしれない、と、私は失礼を承知でそんなことを思う。それでも、不思議とアルシャドさんに対する嫌悪感はなく。それはきっと、二人がぴたりと同じ人物であることを、私自身が受け入れられるようになった証拠のような気がした。


「・・・・・もし、」

「はい?」


しばらくの沈黙の後、アグニさんがおずおずと口を開いた。


「もし、貴女が、昔の私を受け入れてくださるのなら・・・・今まで通り、私と接してくださいませんか?」

「え・・・?」

アグニさんは、忘れかけていた涙を拭うように指先で私の頬に触れながら、どこか困ったように笑った。

「こんな願いは、貴女を困らせてしまいますね・・・・」

「そ、そんな・・・・」

「貴女を振り回しているのは、私のほうです・・・・。苦しめているのだって・・・・。そして、これからも貴女を振り回してしまうかもしれない・・・それでも・・・」

「私!平気です!!大丈夫!!アルシャドさんの人並み外れたタフさ加減にも、辛辣な言葉にも慣れてきましたから!!」

「・・・・・申し訳ありません」

「あ・・・!あ、いえ、そんな!アルシャドさんだって、根っからの悪い人じゃないですし!」

苦笑するアグニさんに、思わず口をつい出た言葉に気づき、慌てて誤魔化す。そんな私の様子がおかしかったのか、彼はふっと笑った。そして、ため息をもらした後、ぽんと大きな手で私の頭を撫でる。私はどぎまぎとして、穏やかに微笑むアグニさんを見上げた。

「・・・・・本当は、あまり貴女とアルシャドを会わせたくないのですが、」

「大丈夫ですよ?もうこのごろは落ち着いたというか、凄まれることもなくなりましたし・・・」

「っ、・・・良かった、と・・・言うべきなのでしょうね・・・」

「?」


彼の言葉に私は首を傾げたけれど、アグニさんは、いえ、と言葉を濁し、それと同時に私の頭から彼の大きな掌は離れていった。彼はどこか疲れたような表情で再びふっと息を漏らす。


「全く・・・・自業自得はいえ、厄介な呪いです・・・」

「いや、私が言うのもなんですがお察しします・・・・一体、どうすれば・・・・!?」


そこまで言いかけて、私はハッと気がついた。


それは、単純なひらめき。必然的な疑問。


ああ。何で今まで、こんなにシンプルな疑問に思いいたらなかったのだろう。自分で自分が嫌になる。



「あの・・・・呪いを・・・、呪いを解く方法って、ないんでしょうか!?」



要事項!
(もしやお約束の!?)
(お姫様を探しておかないといけない感じかなあ!)

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